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第122話 第三章 おもいでになる迄...

   - - - 暗い川の底で、お前が最後に見たものは何だった? 意識が途切れる前に、少しでも俺の事を思いだしただろうか? 俺は、お前の事をこんなにも愛しているのに............. どうして俺の前から姿を消したんだ?! ずっと帰って来るのを待っているのに........... 手を伸ばしても、その先には何もない 冷えた指先が空しく震えるだけ....... 俺も川の底で眠りたい ..........流れ着く先にお前が居てくれるのなら............. - - 「........サン、...........コ、ガネイ......さん。大丈夫ですか?」 「..................?」 「こんな所で、何を............?」 「...................」 耳に入る声に聴き覚えがある。 そっと重い瞼を開けてみると、深紅の花びらが目に入った。 見覚えのあるソレは、俺の身体を取り囲んでいるようで。 炎の様に散りばめられた真っ赤な彼岸花の下で、俺はなぜか横たわっていた。 「小金井さん、ここで何してるんです?こんな土手で寝ていたら不審者だと思われますよ?」 「........................?」 ゆっくり声のする方に顔を向けて見る。 「.............おーはら、くん?!」 目の前には、制服を着たおーはら君が横たわる俺を覗き込んでいて、目が合うと少し引きつって笑った。 「.........俺、.........どうしてここに.............。」 「...............さあ?!」 首を傾げて不思議そうな顔をしたおーはら君の差し出した手を摑むと、ゆっくり上体を起こす。 辺りを見ると、ここは俺が高校生の時に通学路にしていた川沿いの土手だった。 深紅のじゅうたんを敷き詰めたように彼岸花が咲き誇っているが、その中で、まるで炎に焼かれるように俺は横たわっていた..........。 川を求めて彷徨い歩いたのか、靴も履かずに裸足のまま。 足の裏が傷だらけだ.........。 「............おーはら君は?......どうしてここに?」 「僕、港南工業高校の3年ですから。ここは通学に使っている道ですよ。」 「あ、......そうか、......俺も港南.......だった、けど.........」 俺たちを遠巻きにしながら、高校生たちが土手を歩いて行く。 丁度登校時間の様で、みんなにジロジロと見られて、なんとも言えない気持ちになった。 「この花、.......毒があるんですよ?!ここに居るのは良くないと思うな。」 「え?.........あ、ぁ..........そうだった。」 昔、天野さんが言っていた。 彼岸花の毒の話。..............おーはら君が同じ事を言うなんて........。 「本当にあるのか、......確かめてみるかな........」 そう言うと、俺は手元の花を掴んで口に運ぼうとした。 「ばかなッ!!!やめてください!!」 バシッと手を叩かれて、持っていた彼岸花が地面に落ちる。 「冗談はやめてくださいよ。酔っぱらっているんですか?」 俺の腕を掴んで引っ張り上げると、服についたドロをはたいてくれるが、その目は呆れているようだった。 「.........本気、.......きみが見ていてくれるなら、ここで死んだっていい。」 俺は、その場に座り込む。身体の力が抜けて、バカな事を言っている自覚はあるけど、本心でもあった。 いっそ、このまま消えてなくなりたい。 桂がこの世に居ないのなら、俺がいる意味がない。 「............何があったか知りませんけど、僕の体育館シューズ、貸しますから。その先に出たらタクシー拾えるし、帰りましょう。」 おーはら君は、デイバックの中に手を入れると白い体育館シューズを取り出す。 そうして、それを俺に履かせてくれると、手を引いて通りまで連れて行ってくれた。 相変わらず周りからはジロジロ見られているが、おーはら君は全く気にしていない様で。 手を繋いで歩く姿は、好奇の眼差しで見られていた。 彼は、通りで手を上げてタクシーを止めると、俺と一緒に車に乗り込む。 「.....おい、きみは学校、.............」と言いかけて、「三田駅の商店街の傍まで。」と、運転手に言うおーはら君を降ろせなくなった俺。 成り行きで、こんな事に巻き込んでしまったが、カレは車の中でもずっと俺と手を繋いだままだった。 それがすごく安心出来て、今はこの手に縋りたい気持ちになる。 タクシーの中では、言葉は発しないまま。 手の温もりと、時折力を込めてぎゅっと握られる事で、俺の冷えた心を温めてくれた。

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