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第123話

 「その先の信号を右に.......」 おーはら君と二人でタクシーを降りる。 自分で意識しないままこの家を出て歩いて行ったんだろうか。 玄関のカギも閉めずに不用心だ。 桂の家だというのに........... 「年季の入った家ですね。.......って、ここ桂って表札になってますけど。」 「ああ、いいんだ。ここが俺の家。」 そう言って中に入った時だった。 「千早?!.........どこ行ってたのよ!!!探しちゃったじゃない!!!」 「......................」 背中で大きな声がして、アネキの声だと分かったけど驚いて振り返った。 「あ、.........ごめん。」 訳が分からないが、取り敢えず心配していたようなので謝った。 「こちらは?」 おーはら君の顔を見ると聞いてくる。 どう見たって高校生だし、こんな時間にここに居る事はおかしい。 「.......えっと、僕は大原と言います。小金井さんのお店に行ったことあって.........」 そういうと俺の顔を見直した。この先の言葉が見つからないのか.........。 「おはよう。.......えっと、ごめんなさいね、ちょっとゴタゴタしてて。」 「ああ、いいんです。僕はこれで.........学校に戻ります。」 玄関先でおーはら君は帰ろうとするが、「待って。ちょっと待ってて。」と言ってアネキが引き留めた。 「とにかく上がって。あたしの家じゃないけど、今はいいから。どうぞ.........、千早も、早く.........」 「.........はい。」 おーはら君に借りたシューズを脱いで上がろうとするが、今頃になって足の裏が痛み出した。 「ちょッ..........なに?傷だらけじゃない!.........あたし家から消毒薬と包帯持ってくるから。とにかく上がって待ってなさい。」 けたたましくアネキが言うと、実家の花屋の方に走って行った。 「.........元気なお姉さんですね。」 「........まぁ、.........ごめんな、付き合わせちゃって。」 「いいですよ。とにかく、風呂場で足を洗いましょうか。」 「.........ん。」 ズボンを脱いで浴槽の淵に腰を掛けると、おーはら君が俺の足にシャワーの水を掛けてくれる。 足の裏の汚れを指でゴシゴシと擦られて、なんだか子供みたいだと可笑しくなった。 「痛くないですか?滲みます?切れてはいないみたいだけど........」 「大丈夫、ひりひりするだけ。」 俺の足元でしゃがんでいる姿を見ながら、ぼんやりとしてしまう。 おーはら君の揺れる髪の毛が、斜め上から見ると桂の様に思えて、つい手を伸ばしてしまった。 指先にその一束を掴むと、こすり合わせるように感触を味わう。 柔らかい。少しだけクセのある髪は、日の光を浴びると茶色く透けた。 桂もこんな髪だったな.........。 おーはら君は、俺のする事になんの反応も見せないまま、ただ足の汚れを擦っていた。 「これ、消毒薬と塗り薬。一応包帯も持ってきたから.....。」 アネキが脱衣所から顔を覗かせると俺たちに声を掛ける。 「ありがと。」 聞こえるように声を張り上げると、クスッとおーはら君が笑った。 居間で顔を突き合わせる俺たちだったが、何から話せばいいのか分からず、アネキは俺の顔をじっと見るし、俺はおーはら君の顔を。 そしておーはら君はいたたまれず下を向く。 「.........桂くんのお父さんから、今朝連絡をもらったの。 千早にはメールで知らせたって言ってた。 で、今朝電話を入れたら全く繋がらないって。アンタ、携帯を庭に落としたままだったでしょ。」 「.........多分.........」 俺の記憶はどこら辺から無くなったんだろう。 まったく思い出せないでいた。 「............残念だわ。.........どこかでは、こういう事になるかもしれないと思っていたけど、現実になると......なんて言っていいのか.....。」 「あの、.........よく分からないんですが、この家の桂さんに何かあったんですか?」 「.................」 「小金井さん、土手で彼岸花に埋もれて寝ていたんです。さっきまで。」 「え?.........まさか、それで足を怪我してるの?」 「裸足で歩いて来たらしいです。」 「.......千早.......」 目の前のアネキとおーはら君の会話を聞きながら、何処かの別人の話をしているような気がして。 俺は、ただぼんやりと庭の方に視線を向けると眺めていた。 「とにかく、桂さんには無事だと伝えたから。うちの親にも!! まったく.........後を追ったんじゃないかって、...............アタシ................ぅ、ッ」 そこまで言うと、何があっても泣かないと言ってたアネキが泣き出した。 「あの、.........その方、亡くなったんですか?」 おーはら君がアネキの方を見ると聞いた。 うん、うん、と首だけ大きく頷いて答えると、立ち上がって台所の方へ行く。 小さくしゃくりあげる声を聞きながら、やっぱりどこか人ごとの様な気がしてきて、俺は庭先をぼんやり眺めるしかなかった。

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