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第128話
雑踏の中、人混みに紛れていると気分が落ち着いた。
店までの道をゆっくりと歩いて行く。通い慣れた道なのに、昨日までの俺とは違うような気がして変な感じだ。
シャッターを開けると、なんだか寂れた店になってしまったようで、空気も重く昔の賑わいは遠い過去の話の様だった。
母親に言われた通り、ここに居るとお客さんの喜ぶ顔が見られて俺も嬉しく思った。
自分のチョイスした商品を手に取ってもらい気にいってもらえると、自信につながる。
もっといい物を
もっと面白い物を
そう思って買い付けにも行った。海外へ行くのはあまり好きじゃないが、それでもここに並べる事を想像すると、ワクワクしたもんだ。
いつになったらそんな気分にもどれるんだろうか。
桂の父親からの連絡が無くて、少し不安になっていた。
カナダに住んでいる桂さんは、日本に帰って来るんだろうか。
このまま永住してしまったら..........
桂の墓はどうなるんだろう。
店の中でひとりぼんやりと考える。
と、ドアが開いて人が入ってきたので顔を上げた。
「こんにちは、お届け物です。小金井千早さんですか?」
「.....はい、そうですが。」
「こちら、桂秀治さんから頼まれた商品になります。サインを頂けますか?」
「.........ぇ.......かつら?...........」
一瞬頭が混乱する。
アイツは死んだんだ。.......どうして?
「こちらは指定日に配達するように依頼されたもので、ここにサインをお願いします。」
「......分かりました。」
俺が伝票にサインをすると、配達員は店を出て行ったが、カウンターの上に置かれた小包を手にするのが怖くなった。
- 桂は何を頼んでいたんだろう。
こんな時に.........俺の誕生日でもないのに.........。
しばらく小包を眺めていたが、恐る恐る包装紙を解いていく。
中からは、また別の紙に包まれた小さな箱が出て来て、それを目にした俺は込み上がる感情を抑えきれなくなる。
箱を開けると、ジュエリーケースがあって、それをそっと開いてみた。
そこには、思った通り指輪が入っていて、メッセージカードが添えられていた。
【千早へ
こんな時期にプレゼントをするのは変だと思うけど、いつ日本へ帰れるか分からないから。
時計のお返しに、指輪を送ります。一応エンゲージリングってやつ
オレのはこちらに送ってもらう事にしたから、今度会うとき間に合っていたらいいな。
離れていても、指輪を見たら思い出して。
オレも思い出すから。ていうか、忘れるわけないけど。
いつも千早の笑った顔を思い出している。
これからもよろしく。 秀治より】
...........................直筆のメッセージが書かれていた。
桂の懐かしい文字。
几帳面に文字の大きさも整っている。
..........................時計のお礼って.........もうふた月以上前の話だろ。
バカだな.........、こっちに帰って来た時で良かったのに。
わざわざ、俺が買い付けから戻る日を選んだのか?
本当は買い付けの途中で寄るつもりだったもんな。
日本に帰って来る頃、これが届くようにしたって訳か.........。
.............ばか、.......だ、よな...........
お前、もういないじゃん..............
こんな物残して...........、お前が居ないって................ばか、...........バカだよ。
カードと指輪を握り締めると、俺はその場に崩れ落ちた。
声を殺して泣きたくても我慢が出来なくて、床に落ちる大粒の涙は、あっという間に広がって大きなシミを作る。
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