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第140話
少し遅めの朝を迎えた俺は、縁側に座ると淹れ立てのコーヒーを口にした。
視線の先では立派な花を咲かせた木蓮の樹が立っていて、その辺り一面にうっすらといい香りを放っている。
毎年、桂と二人で開花するのを楽しみにしていたが、今年は俺ひとりで眺める事になってしまった。
縁側で膝を抱えると、コーヒーカップを置いてタバコに火を点ける。
ふぅぅぅ~っ
ひとりきりで、もの想いにふけっていると、ピンポーン、とチャイムが鳴った。
ゆっくり立ち上がって玄関へと向かうが、俺が開けるのを待てないのか、ドンドン、とドアを叩かれて、裸足のまま降りる。
「はい.....、あ。」
「小金井くん、まだ寝てたの?」
「......おぅ、いらっしゃい。起きてたさ、もうすぐ昼だもんな。」
扉が開くと同時に元気な声が聞こえ、目の前の謙が笑っていたから俺もつられる。
「謙、お母さんは?花屋か?」
そう聞いてやると、「うん、なんか大事な話って。だから僕は小金井くんと遊ぶんだ。」
そう言って、どんどん居間の方へと歩き出した。
「そうか.......。大事な話か........」
「うん。」
謙の後ろ姿を見ながら、複雑な気分になった。
桂が見つかった後も、捜索は続いたが友田さんは未だに行方不明のままで。
なんと言って声を掛けたらいいのか分からなくて、アネキの顔を見るのが辛い。
「小金井くん、あの木は木蓮っていうのかな。それとも’コブシ’っていうのかなぁ。」
「え?.......モクレン、だろ。桂が言ってたから。」
「へぇ。そうなんだぁ。」
「...........」
謙は、植物図鑑が大好きらしい。
アネキが前に言ってた。
本当に好きなものだから興味がわくんだろうな。
’コブシ’なんて花、俺は知らないし.........。
「謙、お前将来は花屋になるのか?」
庭に出ていた謙に聞いてみるが、振り返ると「ううん。」と首を振った。
「え?そんなに花や木が好きなのに?」と驚くと、こちらの方に駆け寄ってきて縁側に腰を降ろす。
「僕ねぇ、お茶屋さんになりたい。」
謙の顔がぱぁっと光った気がして、俺は自分の目を擦ってもう一度見直した。
「お茶屋って.........日本茶でも売ろうってのか?」
「違うよぉ、花から作るお茶があるんだ。......知らないの?」
怪訝そうに言われて、ちょっと凹む。
「花から作るお茶なんか知らねぇな。飲めるのか?」
そう言うと、謙は少しあきれた顔で俺を見た。
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