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第150話

 結局、ゲイバーではタバコをふかしただけで。 はじめママの性格は大好きだ。あのゴツイ身体に聖母の様な包容力を持っていて、ガキだった俺は随分と助けられた。 それに、大人になってからも天野さん同様俺を可愛がってくれて、今度の新店舗の話だって色々相談に乗ってもらっている。 でも、おーはらの事に関しては、俺がすべて悪いみたいに言われて悔しかった。 俺は、慈善家のような気持でアイツを拾ったわけじゃないが、あの頃の自分の心境が自分自身でもよく分からないんだ。 ただ、おーはらと桂を重ね合わせていたような気もするし......... それに、あの日、高校生だったおーはらを犯してしまった事に対する負い目もあった。 親に捨てられたアイツをこの手で掴んでいてやりたかったし、俺もあの日、おーはらにこの身体を掴まれていた気がする。 アイツに出会っていなかったら、俺はこの身を桂の元へ送っていたかもしれなかった。 あの世で出会える保証もないのに....................。 街灯に照らされて、舗道に伸びる自分の影に付きまとわれながら、誰も待つことのない家へと帰る。 玄関を開けても「おかえりなさい」の一言もない。 いつからか、この家に新しい温もりを感じ始めて、今また失う虚しさを味わう。 - - -  翌日不動産屋へ行くと、前に紹介された物件がすぐにでも入居できると聞いて、俺は即決した。 桂の父親の好意でこの家を借りていたが、ついにここを去る日がやって来るとは............ 桂と過ごした日々が、走馬灯のように俺の頭を駆け巡る。 が、それに便乗するように、短期間のおーはらの存在も消すことは出来ない。 吉田くんに無理を言って、次の休みは俺の引っ越しにまで付き合わせてしまった。 部屋は、店からも歩いて行ける距離で、8階建ての新築マンション。 家具なんかは無くて、ただ一つダブルベッドが部屋のど真ん中に置かれていると、まるでラブホテルにでも来たような気持になる。 と、言ったのは吉田くんで。 俺は、ラブホテルなんか行ったことが無い。旅行で行くのも普通のビジネスホテルか旅館。 男同士でもラブホなんかに入れるのか知らないし.........。 兎に角、台所用品は桂の家で使っていたものを持ってくる。 それから服とか身の回りの物は、少しづつ車に積んで運ぶつもりだった。 「この部屋、20畳ぐらいあるんじゃないっすか?!すごいっすね。流石です。」 吉田くんは、店から持ってきたウッドスツールに腰掛けると膝を組んだ。 木のフォルムと鉄の組み合わせがちょっとカッコよくて、すぐに気に入ると自分用に購入したスツール。 一応おーはらの分も用意しておいたんだけどな.......。 「ひとりでダブルベッドって夢っすよ。でも、ちょっと寒い気もするなぁ。・・・・・」 そう言うと笑って俺を見るが、吉田くんは俺がおーはらとここに暮らすつもりだった事は知らない。 もちろん、自分がゲイだってのは言ってある。そういうのに嫌悪感もたれたら一緒に働けないもんな。 多分、はじめママとかも顔を出すだろうし、そういう繋がりの奴も来るから。ソコは隠さないでいたかった。 「なあ、吉田くんって、付き合ってる人いる?」 「え?・・・・・いないっすよ。でも、気になるヤツはいるんですけどね、多分無理だし。」 いつになく弱気な発言の吉田くんが気になるが、俺は買ってきたコーヒー缶を渡すと自分も開けて一口飲む。 「変な話、身体の繋がりより、心の繋がりを切るのって辛いもんだな。」 俺が缶をテーブルに置いて言うと、吉田くんがキョトンとした顔でこちらを見る。 「自分が店に入る前、ずっと閉店状態だったのって、なんかあったんすね?!・・・ま、聞きませんけど。」 吉田くんはそう言うと、立ち上がって床に置いた荷物を隅に寄せた。 「・・・・・ありがと。」 それだけ言って、俺も玄関のものを片付ける。 ひとりでこの部屋を決めてしまったけど、仕方ないよな。 おーはらが俺の元を離れた以上は、どうにもしようがないし。はじめママに放り出されでもしない限りは・・・・・ 部屋の真ん中のダブルベッドに目をやると、(さすがにキングサイズは買えねぇよな)と、一人呟いた。

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