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第163話
結局、髪を短く切るつもりが、いつも通りのヘアスタイルに落ち着くと、俺は’花カフェ’へと出向いた。
ビル自体は古めかしくて、中に入っているテナントもてんでバラバラ。うちの花カフェが異彩を放つのは仕方がないとして、下には得体のしれないブリキや古い玩具を売っている店があって、そこのオーナーはかなりの年配者だという。他にもマニアックな店がひしめき合っているから本当の雑居ビルだった。
いつものようにカフェの顔となる『ガジュマルの木』に挨拶をする。
すくすくと成長するその木を見るたびに、ここに精霊が宿っているのかな・・・なんて思ってしまう。
ガジュマルに向かい合うと、ローズヒップのハーブティーを注文した。
「お待たせしました。」
「ああ、ありがと。」
ガラスのポットに入った綺麗なピンク色のローズヒップ。カップに注ぐと、少し酸味のある華やいだ香りに包まれる。
「オーナーもハーブティーにハマりましたね。初めの頃は珈琲ばかりだったのに・・・。」
そう言って俺の隣で店長の筒井さんが笑った。長身の女性で、歳は俺とひとつしか変わらない。
子供が小さいが、働くのが好きで開店から頑張ってくれていた。
「ここに居ると、やっぱり花の香りが心地よくて、珈琲の香ばしい香りとは違うような気がするんだ。紅茶ならいいんだろうけどね。」
「あ、私もそう思います。昼間のランチも珈琲より紅茶の方が出るんですよね。今度ハーブティーもセットにしてみますか?」
「うん、そうだな。・・・任せる。筒井さんの思うようにしてくれていいよ。」
「はい、有難うございます。セットで喜ばれるメニューも考えてみますね。」
嬉しそうに微笑んで、一礼すると奥へと行った筒井さん。
俺は、オーナーではあるけど、店を実際に回してくれるスタッフを信頼している。きっと、日々の中で色々な良い知恵が湧いているはず。だから、最終的な責任は持つけど、他は任せる事にしていた。
そうやって、この花カフェも、雑貨の店も経営出来ていた。
昔、天野さんが言っていた。自分が選んだスタッフだから信用しているし、任せられるって。
今は、俺もそれが分かる立場になった。あまり細々と指示をしたって煩がられるだけだし、スタッフが自分で考えてくれなきゃどうしようもない。みんな自分の勤め先を潰したいなんて思わないだろう。少しでもいい店にして儲かれば、自分にもちゃんと見返りがあるって事を分かってほしい。
「じゃあ、後は任せたよ。疲れない程度に頑張って!」
「はい、頑張りま~す。お疲れ様でした。」
見送られて、俺が店を後にすると、ポケットの携帯が鳴る。
表示を見て、一瞬目を丸くする。
- 珍しい・・・おーはらから電話なんて・・・
「・・・はい。」
俺はいたって普通に出た。
『あ、・・・・あの、話があるんですけど・・・。』
少し口ごもっていうから気になる。かなり長い間音信不通だったのに・・・
「いいけど、俺今からマンションに帰るところ。お前出て来れるの?」
『・・・はい、行ってもいいんですか?』
「・・・もちろん。・・・なに、今まで遠慮とかしてたわけ?」
『え?・・・だって…』
「いいから、来いよ。晩は寿司でもとるかな?!一人じゃ持ってきてくれないしさ。」
『はい、有難うございます。じゃあ一時間したら伺いますから。』
「うん、待ってる。」
天野さんから聞いていた事が、少しだけ気にはなっているが、おーはらが何を相談して来るのか・・・
今はアイツの声を久々に聞けたことで、安心出来る俺だった。
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