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episode.1-2

「民間企業へ引き抜きですか?アレがカタギと話せる事なんざ、せいぜいリベートの出し方くらいで…」 「俺かてようけは知らんわ。今朝に例のえらい男前な副社長から電話掛かってきてな、もう上は纏まった言いはるさかい」 金の虫へ何用だろうか。 確かに頭はキレるが、7年目で二次団体の幹部入りがやっとの器量だ(ただし出世しない原因として、余りの忠義心の無さが主たる)。 「オヤジはパイプ工事の絶好の機会やて、満面の笑みで送り出しよったわ。彼処から銭もうとる組はウチだけや無いで」 河内と、ちょっと安芸方言が混じるけったいな口調を耳に、納得した様なそうで無い様な。 名状し難い面ながら、此方も仕事をするかと背筋を伸ばす。 「ところで大城の兄ィ、ボヤの罪人()ってきましたぜ」 「殺ったんかいや」 「死んだんですよ」 右手で作ったピストルを米神へ宛がう。 渋面の大城は、それでもさっさと話を進めるべくサングラスを押し上げた。 「…ほんだら、何処におんねん」 「車の中ですわ。此処まで回してきますんで、少々お待ち…」 スーツの尻ポケットを探っていた男が、はたと前触れ無く動きを止めた。 益々怪訝そうな大城が眉を吊り上げた。 「何や」 「いえ、可笑しいな…車の鍵が…」 「…ほうじゃお前アレやな」 行き着いた相手が呆れた声を出す。 「さっき萱島のロクデナシに尻シバかれとったがな」 「げっ」 狐、生き馬の目を抜く。 清々しい笑顔の意図を知り、男は素っ頓狂な声を上げた。 「――わったっしっとー君だけの恋をしたい…」 機嫌も良く鼻歌を交えた。 エンジンが唸りを上げる。 萱島はナビを叩き、件の調査会社を目指す。丁寧で物分りの良い機械が目的地を報告した。 「ありがとう」 礼を返して車を発進させる。 良い盗り物だ。このランクの国産車であれば中堅にも売れる。 今日日誰も彼もベンツなんざ乗り回し、悪目立ちしたくはない。 もし持ち主が怒り狂って追って来たら仕方なかった。 “ちょっと借りたんだが、いい女だから誰かに持ってかれちまった” そんな風に優しく嘯いておこう。 「…しかしRICね。至って関わりのない連中だ」 CDのセレクトに眉を顰め、萱島は結局無難にラジオを流した。 今回出張を命じられたのは、零区南端に位置する調査会社「R.I.C」。 従業員は百人未満にも関わらず、この小汚い湾岸地帯の超“VIP”である。 原因は二つあった。 一つ、彼らは永世中立国である。 零区は暴対法が利かないお陰で軒並み事務所が移転し、派閥が東西でぽっきり割れてしまった。 商店から理髪店から組のフロント企業で、無派閥の可笑しなカタギは一握りだ。 元々の地主・帝明製薬研究所、RIC、死体回収業者サーヴァント。 民間企業にも関わらずコイツらは御立派な軍事力を持ち、自衛の為にはニヤニヤしながら肉を切る。 要は変態である。 二つ、彼らは零区の世界銀行だ。此処まで言うと国旗は十字なのかと勘繰るが、別にそういう訳ではない。 尚、プライバシーも特に保証されない。 単に馬鹿みたいに儲けているから、ヤクザに金を撒いているだけだ。 マトモに稼げるのだから、こんな波止場の犯罪都市に居座る意味も分からないが。 (社長に青山の物件でも勧めてみよう) 金の側には金が来る。 ハンドルを切り、南端へ下る橋を前に唇を舐めた。 幸い道路も空いていたお陰で、半刻もせず敷地に乗り込んだ。 地下の駐車場へと潜り、勝手の良く知れない国産車で前進する。無論、内部などお目に掛かった例がない。 同業の頭とて、良くて玄関だろう。 車を停め、領土へ脚を踏み出す。 アンダー特有の湿っぽい空気が満ちる。 入り口は何処だ。逡巡していると、後方から人の気配が近付いた。 「――萱島君か?」 身体を捻り、溝と言われた目を瞬いた。 スーツを決めたそれはもう男前が、ランウェイを過ぎるかの如くやって来た。 「…ええ」 溜めていた口上を奪われ、車の手前に縫い留められた。 「どちら様で」 「副社長の本郷だ、宜しく」 握手には応じながらもぎこちない。 老舗の専属モデルかと思ったら違った。 幾らでも顔で食えそうな物を。何故こんな地下に属しているのか、理解に苦しむ。 「急で悪かったな、仕事大丈夫か?」 「一件潰れたんで構いませんよ」 「有り難う。成るべく手短に済ます」 さあて。違和感がもう一個出来た。 態度の殊勝さだ。 否、殊勝と言うよりまるで真人間だ。この男。

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