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episode.1-3

「車借りたのか」 「いいえ、所持物ですよこの…」 急に何を問われたのかと思い、萱島は彼の視線を追って閉口した。 静岡ナンバーが鎮座していた。 田舎者の車をパクったもんで、変な綻びが出て来た。 「…税金対策でね、地方にも別荘と車を」 実情、そんな経済的余裕は微塵もない。 ヤクザなんて刹那的生き物、その日暮らせたら良いのである。 「最近の暴力団も税金払うんだな」 「俺の考える所、納税は義務でなく礼儀ですからね。礼儀は守りますよ、落ちぶれちゃいけない」 どの口が。御託を並べながら自分で突っ込んでしまった。 そもそもお喋りに感けている場合でなかった。 離れる手前、序でに助手席で嵩張っていた機材を抱える。 撮影は残念ながら持ち越しだ。 ところがトランクに放ろうと開けた瞬間、思いもよらない先客が横たわっていた。 「……」 「…わお」 萱島は気の抜ける声を発し、即座に後部を閉じた。 「おい誰だよ今のヤツ」 「まあお気になさらず…貴方様の親戚や友人じゃありませんぜ」 「そういう問題かよ」 至極真っ当に怒られたが、此方とて答えられる情報は無かった。誰だ今の奴。 何か言いたそうな副社長の肩を抱き、さっさと現場から中へと追いやる。 「そんな事より旦那、お互いの用件を済ませましょう」 これじゃ確実に回収が来るだろう。 車も没収か。参った。 あの手この手を試行錯誤しながら、本郷に続いてエントランスのセキュリティを潜る。 流石情報会社。 出入り口にもしっかり金を掛けていた。 「…実の所期間は未定なんだ。勤務時間についても同様」 「はあ、それはどう言った」 「ウチは内勤と外部調査員が分かれててな、後者の頭が海外に飛んで帰ってこねえんだよ」 擦れ違った職員の会釈に返しつつ、両者は最奥へと突き進んだ。 聞けば社員は25名。それにしてはやたらと容積がでかく、結局メインルームまで5分も要した。 「つまり何時まで席が空くか分からないが、仕事さえこなせば時間拘束は無いと」 「そういう事」 顔認証なのか、触れずとも硝子戸が左右に割れる。 開いた口から侵入すると、天井が葬式場の如く突き抜けた中核がお目見えした。 成る程。地上の1階まで突き抜け、恩恵で自然光が落ちてくる。 機材が場所を食っているのか、矢張りパッケージがでか過ぎるが。 「挨拶はどちらに?」 「彼処でモニター見てるのが居るだろ、副キャップの千葉だ。生憎今一番上は居ない」 察しが良いのか、視線だけで目当ては振り向いた。 どう見ても若い。昨日入った組の若い者より若い。 ヘッドホンを外し、彼は甚く自然に萱島のテリトリーへ接近した。 現代っ子特有の器量の良い笑顔を携える。 ついでに言えば腰にファイブセブンも。 「お忙しい中すみません、千葉です」 「未だ何も話してないんだが、社長に雇用条件とか聞いてるか」 「ええ、まあ…ざっくりと」 言って彼は手近のスタッフからPCを取り上げた。 軽く操作した後、ラップトップの画面を此方へ傾ける。 フロアマップの中間、現在地らしいポイントが点滅していた。 「ウチの見取り図です。B1が本部、その下が派遣調査員…実働隊の待機所です。萱島さんには其処をお任せしたい」 お任せするも何も、仕様が分からない現状では手も足も出ない。 「難しい事は言いません…何せどいつもこいつも脳筋でして。寝屋川隊長が消えた途端舐めだしたのか、毎っ回揉めに揉めてましてね」 一瞬物騒な目つきをした青年が手をパタパタと振った。 「要は殺す寸前までお願いします」 「それは責任者としてもやり過ぎかと存じます」 「失礼、一先ず言う事を聞かせて貰えれば結構」 生憎誰も彼も忙しくて。そう続けた青年も確かに疲労が色濃く浮かぶ。 「話は分かった。躾が行き届いたなら俺は本業に感けても良いと…そういうコンディションかい?千葉君」 「御明察です」 「そういう手合なら引き受けますよ、無論額にもよりますが」 纏めると臨時指導員の急募だった。 千葉は責任者と顔を突き合わせ、相手の二文目に眉尻を下げた。

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