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episode.1-4
「俺に一任されてるんですよ」
「じゃあ良いよ適当に決めて」
声を潜めた青年に素気ない命令が返る。
萱島と、現状とを何度か見渡し、千葉は黙ってスマートフォンに搭載された電卓を叩いた。
「…一端こんなもんで」
画面に提示された金額を読む。
しっかり道理の分かった相場だった。
「因みに下は何人だい」
「現時点で11です」
「期間にもよるが…まあ二割増しかな」
彼も馬鹿じゃない。
萱島が釣り上げるなど承知の上で、元々上乗せする分は引いていた。
あっさり折れて契約の握手を交わす。ノッた時は十日で返せる金額だが、月固定の保証が入ると思えば悪くなかった。
「…少々お待ちを」
ただ其処で制止が掛かった。
テンポが途切れ訝しむも、青年のインカムがノイズを撒き原因は知れた。
2、3、小声で受け答える。顛末は掴んだのか通信を切り、彼は宜しくない表情でお伺いを立てた。
「萱島代理、その大っ変申し訳ないんですが…」
早々に肩書を付け、露骨に下から来られては先が読めてしまう。
「…何か御座いましたか」
「ウチのが因縁付けられたというか、今まさに下でやり合ってる様で」
その脇に抱えていたフォーマットだけの契約書を捲り、ぱらぱらと乾いた音を響かせた。付随して乾いた笑いが漏れる。
“粗相無い様に”
大城の釘がちゃっかり足枷の役目を果たし、萱島は聞き分け良く了承して踵を返していた。
「悪いな、書類は出来次第郵送するから」
「…無問題ですお任せ下さい」
見取り図は頭に入っているのか、黒スーツの背中が出入り口へと遠ざかる。
些か姿勢の悪いそれを見送り、千葉は黙っていた件をつい滑らせた。
「大丈夫ですか…あんなこの世の掃き溜めみたいな目の人で」
「まあ餅は餅屋だろ」
またも顔を見合わせたが、それもそうかと青年は二の句を引っ込めた。
前例が無いなら懸念は邪魔だ。PDCAを回す為にも、部下は階下の喧騒を見守る事とした。
どうも駆け出しの時分を思い出した。
嘘みたいな話だが、日本の暴力団にも所謂“秘密諜報機関”が存在した。
早期の配属がまさに其処で、態々中近東まで訓練に駆り出され、不味い飯を食い、素性も分からぬ亡命人と寝食を共にした。
陰鬱、閉塞的。
おまけに変な虫が巣食っていた。
その収容所に似ている。
情報リテラシーで新時代に勝った、本来ホワイトカラーの巣窟である調査会社が、だ。
(ゾンビが湧きそう)
声を頼りに喧騒を探り、角を折れた所で漸く発見した。
若い数名が相対して動かない。
国から違う屈強なのが囲んでいて、どちらが実働隊かなど一目で知れた。
「――指揮系統の問題じゃねえ、良くも置き去りにしたな」
「何回同じ説明をさせるんだ、シュミレーションで最適を出した結果だ」
「上から物を言うな!現場の何が分かる!」
背面を向けた男が憤る。
萱島は足を止めた。これは発言を拾う限り、単純な統率不在でないのでは。
太い腕に堂々と「USMC」の文字が踊る。
肩にはM4A1。努め後か真似事か知らないが、制服が無いだけで海兵隊のなりだった。
日本語の発音は良好。どうにか話は通じる齢。
物騒な場に咳払いを加え、百戦錬磨の男はゆったりと踏み出した。
「落ち着けよ」
鋭敏だ。
一切の視線が瞬時に動き、侵入者を彼方此方から捕まえた。
「建設的なディベートが出来ないなら、第三者を連れて来ようぜ」
「…何だお前は」
「臨時だよ。お前らの閣下は居ないんだろ」
銃こそ携えど、萱島の本来の武器は話術だ。
恐喝じみた捲し立てでなく、レトリックで追い込む狐の術である。
ただし通じる人間も限りがある。
例えば精神力の化物、軍人。彼らに捻った技は掠りもしない。
「…外部の人間を寄越したのか?益々舐めてやがる、いい加減にしろ」
「そう言うなよ、仲良くしようぜ」
「寝屋川隊長は直に帰ってくる、誰がお前に下ると思ってんだ」
案の定牙を剥いて威嚇した。
敵化。致し方無い、そもそもの依頼が殺す寸前なのだから。
四の五の言わずさっさと殴るしか無かった。
承知した萱島は距離を詰め、何の前触れもなく下顎へ関節をめり込ませた。
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