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episode.1-5
「――…がっ」
呼気を詰まらせ、青年が患部を抑え込む。
耐え切れず地面に身を投げた。
膝がぶつかったと同時、瞬く間にフロアを殺気が埋めた。
さあ。
切り取られコマ送りになる視界で、M4が一斉に口を晒す。
俺を楽園に連れてってくれ。
アドレナリンが吹き出し、フィルターの如く真っ赤に視界を覆い尽くした。
求めた麻薬の味に全身が嘶く。
彼らの殺意が火花を上げる。
指先を掠めて耐え切れず悦んだ。
ああその調子で限界をくれ、愛してる。
コンクリートを蹴って頭上へ身体を翻す。
サイコと呼んで相違ない、とち狂ったスリル依存症が頭を擡げ始めた。
「Take that…you bastard!!」
尻は青けれど、アクセサリーに銃をぶら下げたヤクザと元が違う。
青年らは訓練に沿った的確な軌道で、命を削ぎ落とす。
日本の辺境も捨てたものじゃない。
飛来する弾を一重で躱した後、重力を乗せて手前の脳天を蹴り落とした。
声もなく白目を剥いた。
舌打ちした味方が次を構えたが、それすら先手を切って距離を奪った萱島が殴り倒した。
(何だこの人間は)
傍観していた本部職員すら震えた。
(タダの殴りの威力が可笑しい)
あの体格で加速に任せたとして、単車が突っ込んだ様な衝撃はない。
おまけに速い。速過ぎる。
大国の精鋭ですら目の端でしか見れず、まるで身体が追いつかない。
最早人でない。
実働隊共々行き着いた結論は其処で、冷たい汗を垂らして足踏んだ。
勝てはしない。はっきり自覚した一団が、顔色を変えて慄いていた。
「――Stay frosty!Hide yourself in cover!(油断するな、遮蔽物で身を隠せ)」
最年長の一喝に我に返った。
やっと本来の動きを取り戻し、部隊が四方へ散開する。
大した遮蔽物も糞も無かったが。自陣が確保出来れば釣りが来る。
後退の刹那で頭を冷やした彼らに、萱島はその目に賞賛を込めた。
「…よう、引っ込んじまったのか」
然れど寂しそうに。
素面に返る彼らにぼやき、音もなく柱の側面へ降り立つ。
「こっちは嬉しかったのに、置いてくなよ」
そうしてジャケットの下へ手を潜らせた。
引き抜いた両手には、遂に牙を剥く萱島のCZ75が握られていた。
襲撃するスコールを待ち構える。
次の攻勢に構え、膠着状態の対峙が生まれた。
血流が五月蝿い。鼓動も全身を包む。それでもすべての意識はひとところへ集い、一瞬の永遠を分かつ。
誰かの汗が滴り落ちた。否落ちる寸前だった。
化物が地を蹴り、柱の影からホールの半ばへと走り出た。
(真っ向から来やがった…!)
此方はフルオートのアサルトライフル。敵はオートマチックピストル。
火力でも圧倒的不利ながら、コック・アンド・ロックを外す男は本日最高の笑みを湛える。
狙いを定めた筈が速さを追いきれず、弾幕は影を貫く。当たらなければ意味が無い。
そう当たらなければ。
(あの速さから狙える訳がない)
近接でハンドガンの射程内とは言え、威嚇目的にしかなり得ない。
それが何だ、何を持ってそんな勝ち誇った体で嗤う。
こっちは楽しくもない。
恐怖に竦んだ青年の銃は、抗う間もなく9ミリ弾に吹き飛ばされた。
図らずも気を取られた。
視線を引き摺られた両翼が、お次は一緒くたに持ち手から撃ち抜かれた。
もうはっきり理解した。あれはクリーチャーだ。
単射どころか、二丁拳銃で目標を撃ち抜いた。平時ですら見た事のない曲撃ちを見せつけられ、顔が引きつる。
非利き手で制御出来る時点で眉唾なのに、一体人間はどうすれば良い。
「――なーぜ生きてゆくのかをー迷った日の跡の…」
気味悪い歌声が聞こえる。
コックの縁を引っ掻きながら、死神の陽炎は揺らめく。
知らない間に味方は半数近くになっていた。
戦場の心的外傷どころか、根本的な恐怖を前に血の巡りが止まった。
「…夢追いかけ走って」
ふつふつと異形の気配が漏れ出る。
閉じ込めていた怪物が、娑婆を求めて檻を揺さぶっていた。
(コイツを殺すべきだ)
真顔で青年は納得した。
この男はアドレナリンに溺れた、罪過観念を持たない精神病質者だ。
雇い主は何を考えている。
変色した大脳皮質に、自分達の命を預けるなど。
「Covering fire…!」
後の事を天秤にかけ、遮蔽物から飛び出した。単身挑む姿にドス黒い殺気が押し寄せる。
お前が応えてくれるのか。
オタリアに喰らい付くシャチは加速し、異常性癖を乗せた眼をギラつかせた。
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