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episode.1-6
銃口を肉食獣へ差し向けた。
殆ど同時に相手もやり返した。
初速で勝る此方が壁を抉り、敵の脚元が僅か崩れる。
窮鼠猫を噛む。
好機を逃すものかとばかりに、隊員は装着式のグレネードランチャーを撃ち放った。
榴弾か、散弾か。
衝撃を避けて側転した萱島を初めて想定外が襲った。
(――発煙弾)
瞬く間に噴き出す煙が視界を侵す。
毒の類でないが完全に目は奪われた。
殺った。
青年は大腿のコンバットナイフを抜き去り、一足飛びに急所を目指す。
頸動脈まで僅か数インチ。
はっきりと終わりを確信した直後、人間は信じ難いものを見た。
霞む煙幕の狭間、盲目の目で嗤い、口元を歪め、真っ直ぐ拳を振り被る魔物。
眼球を見開き避ける間も無かった。青年は悲鳴まで潰され、間近の一撃で後方数メートルへ吹っ飛んだ。
「ぐッ…あ……!」
発火する勢いで地面を滑り、投げ出される。
援護は仕事も忘れて得物をぶら下げていた。
煙が薄れた正面から歩いて来た。
男の匂い立つ狂気に一切を殺がれ、もうどうしようもなく這いつくばる。
「聞こえてるぜ相棒、見えなくともな」
何処も動かない。トリガーに指は掛かったに関わらず。
極楽をありがとう。底から謝礼を紡ぐ声音に、ただ痛みの生理現象から涙を零すだけだった。
CZの矛先が自分に向く。
死神の鎌が振り落とされようとしている。
未だ何も動かない。
こんな幕引きで良いのか。
やっと把握した仲間が顔を引き攣らせた。矢先、俄に乾いた音が遮り萱島の武器が弾け飛んだ。
「全員其処に直れ」
新たな声だった。
部外者の出現に萱島が顔を歪めた。
不快を隠しもせず振り返ると、遥か後方で長身が立っていた。
一声で構築された熱気を排す。
後に分かったが、それは男の天性の賜物だった。
「ーーどちら様です」
何たる不躾。
縊り殺さん勢いの目を向けるも、甚く悠長に男は勿体ぶって現れた。
そして萱島の問いにも答えず、さっさと調査員らへ歩み寄る。
隣を擦り抜ける際、一瞥だけ降って来た。
たった数秒。モノ言わぬ目の無機質さに、言いたい事が全部吸い取られてしまった。
「怪我人は」
「…はっ、その…数名」
「P2に連絡しろ」
動き出す周囲を他所に突っ立って居る。
萱島の脳裏には、無色に近いブルーグレーの瞳が張り付いている。
「楽しかったか?」
その問い掛けへ我に返った。
煙草に火を点け、ただの数コンマで空気を我が物にした男に、萱島は聞かずともその素性を知らされた。
「…初めまして神崎社長」
「初めまして、不満が沢山ある面だな」
その通りだ。しかし。
口が回るのが取り柄に関わらず、何故か質問すら出て来やしない。
何だコイツは。昔相席した中国マフィアの香主(ジャンシュ)を思い出す。見目はまるでカタギなのだが、元の圧力で川の流れすら自分に引き寄せている。
「ええ、まあ一つにしておきます」
「そうかよ」
「貴方が吹っ飛ばした俺の銃ですが、修理費を申請しても?」
幾ら首領だろうがその点は遠慮しなかった。
すると神崎は、存外素直に落ちていた得物を拾い上げた。
一通り目視のち、一直線に構えてフレームの歪みを確認する。
「ヤクザが共産国の銃か」
「銃に罪はない」
思った事を吐いたら、割に納得した顔をしていた。
雇用主は紙(小切手)を切って寄越し、収拾に走る調査員を眺めた。
改めて佇む様を見ても。副社長共々、出来の良い外見をしている。年も恐らくそれ程変わらないだろう。
「ところで萱島君」
話の傍ら。視界の端へ近付いてくる副社長が映る。
助かった。誰しもこのプレッシャー下の会話は御免で、緩衝材が居るに越したことはない。
「さっき俺の部下を殺す気だったな」
しまったその件だ。
確実に指摘されると警戒はしていた。此方の質くらいはご承知だろうか、そもそも雇用に至った経緯を存じない。
珍妙なコネクションが売りの組長の事、このカタギかも怪しい男と知らない間に手を繋いでいたのだろうが。
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