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episode.1-7

「…社長、お言葉ですが彼も殺す気で来た以上、手を抜けなんて無茶な」 「お前の事情は聞いてない」 気道が急に絶たれた。胸倉を掴み上げられ、苦悶と展開に目を白黒させる。 「一人でも殺ってみろ、同様にしてやる。良いな」 この男。声も出ない状態に絞め上げておいて、同意を求めるな。 他人をどうこう言える立場でないが狂っている。 解放され、地に脚が着くや咳込んだ。 青山の不動産以前に話すのも気が滅入った。 「ただしお陰で此処は問題無さそうだ。序でと言っちゃなんだが萱島君、世話して欲しい客を2人ほど回そう」 「…有り難い話ですが丸裸じゃないでしょうね」 「妻子持ちだ。漁船に乗せるなり好きにしろ」 ワイシャツを正して形だけ礼を述べる。 因みに客とは借入希望者の事だ。闇金は組の屋台骨であり、返済の宛が無ければスナッフフィルムに回す。 実に無駄の薄いシステムになっている。 漁船は漁船で良いのだが、中年には酷に過ぎる。結局早々と使い物にならず、腹を捌いて海へ捨てる羽目になる。 転がってくる雑収入はラッキーだった。 しかし資産家とお知り合いになった以上、でかいピンハネを狙いたかった。 (当面のターゲットは副社長の方か) トップには完全に裏事情までバレてしまっているが。 彼であれば抵当権のベタベタ付いた物件だろうが、何か騙されて買ってくれそうだ。 そんな邪な謀略に止まっていた矢先。 「おい」 またも図ったような呼び掛けに虚を突かれた。 「お前、今何考えてた?」 捲し立てるヤクザに比べ口調は綺麗だ。 結果威圧感との不協和で、どうしようもなく気味が悪い。 「まさか義世を嵌める気じゃあるまいな」 「義世?…ああ、副社長ですか…まさか」 「言っておくが、部下をお前のダシに使ったら代紋ごと沈めるぞ」 其処でどうやら萱島は選択を誤った。 杞憂の意味でへらりと口端を吊り上げた。 それが何処にかは知らないが、障ったのだろう。 次には弁明する隙も挟まず、問答無用で顔面から蹴り飛ばされていた。 「うっ」 詰まった一寸の、実に間抜けな呻きで床に沈む。 キレたのかと思いきや、雇用主の方は呆れた視線を投げていた。 前世の因果か。一体何がこの詐欺師を此処まで金に執着させる。 「おい義世」 場に加わった男を呼びつけた。 「お前に教育係は任せたからな、涎を垂らすなと言っとけ」 用だけ済ませて嵐の如く去っていく。 面倒だけ残して。 後ろの方は重症もなく収束に傾いていたが、目前はそうも行かなかった。 本郷は嘆息し、世話の対象(此方もある種被害者)を見下ろした。 「随分素直に蹴られたな」 「……俺は権力と金には媚び諂う主義なんです」 コンクリートにくぐもった返事が漏れた。 余り楽しみも知能も無さそうな主義だった。 「そんなに金が欲しいなら、外に並んでる車でも漁ってきたらどうだ」 治安部隊を持たない零区で、その程度の光景は正直日常茶飯だった。 窃盗、詐欺、暴行、あらゆる犯罪を警戒し、誰もが自衛を迫られる。 むくり。萱島が漸く上体を起こし、蹌踉としつつ地面から剥がれる。 「勘弁して下さいよ…俺にも些少なれど矜持があるんです」 急に真っ当な顔をする。本郷の側が面食らい、つい黙って相手の続きを待った。 ジャケットの襟を直し、拳銃をホルスターへ収め、“ロクな目をしてない男”はつらつらと喋り始めた。 「良いですか、こんな場末だから好き勝手してますけどね。外のヤクザなんざ今はやれ暴対法だの、使用者責任だの…天網が張り巡らされて、恐喝すらマトモに出来んのですよ」 ヤクザが人を脅せなければ、一体どうやって飯を食うのか。 自然、思考はドラッグや賭博に傾いた。 「…そりゃあね、薬は金になりますよ。産廃(産業廃棄物処理)にしがみついたり、闇カジノで無税の商売したり。但しそういった明確な違反は、早々にパクられて終いなんです」 淡白な男かと思いきや、存外に語る所は語るものだ。 確かに昨今の肩身の狭さは聞いていたが、想像以上に懐が寒いのかもしれない。 「零区の間抜けが引っ越してみて下さいよ。どいつも一週間も保ちゃしませんよ…俺はこんな辺境で終わるのは真っ平ですからね、外でも生きられる術がないと」 本郷は其処で、この男が世の暴力団とは毛色から違うのを思い出した。 後者は兎に角言葉尻を捉えて噛み付く、力任せで本来中身は何だっていい。 萱島はと言えば全くの真逆でのらりくらり、巧言を使い暖簾に腕押しで躱すのだから。

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