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episode.2-2
軽妙な口調に、客が待ったを掛けた。
唇を撫でていた手を左右へ広げてみせる。
「しかしいきなり額が減ったんじゃ、流石に疑るだろう」
「額は減らしませんよ、収入を増やせば宜しい」
「…副業でも手を出せと?」
「ええ」
眉唾な話に専務の目つきが悪くなる。
それにしてもこのチョコレート、余計な物を突っ込み過ぎだ。
これだから高い菓子は。
「そんな毎月都合良く儲かる話は無いだろう」
「簡単ですよ、物件買って貸し出しゃ良いんです」
「大家か?そりゃあ君…客が入れば固定にはなるが…」
「減価償却です専務」
そろそろ煙を吸っても結構だろうか。
確か喫煙者だった、ならば問題ないか。ぽかんとする男を尻目に、萱島は上着からダビドフを取り出した。
「ご存知の通り、不動産業はモノの購入費を経費に計上できる。算式は定額法やら定率法やらありますが…例えば家賃収入で50万上がったとしても、減価償却(物件購入)費が按分で月70万なら、帳面上は20万の赤字が出る訳です」
「ああ…物件は一括で購入しても、耐用年数で割って計上出来るんだったな」
「左様です。貴方様は会社員ですから、帳面に赤字が出れば所得税は安くなる」
「…成る程」
家賃収入と税金還付。悪く無いと踏んだのか、客が長考に入った。
甘い甘い。
チョコレートよりよっぽど甘い。
煙を明後日の方角に吹き付けた。
「専務ほどの方なら、銀行が無利子で購入費も賄ってくれますよ。物件も手元に残るし、何れは強力な相続税対策にもなる。良いこと尽くめですね」
さて釣り針までもう少し。
此処で僅かに引いて、懸念を投げる。
「…まあ、物件入手までが大変ですが」
それなりに信用は得ている。且つ、この話は面に出れば不味いのだ。
客が萱島に縋るのに、時間は掛からなかった。
「何から何まで悪いが、君のツテで世話して貰えないか」
「そうですね、先日なら掘り出し物があったんですが…既に買い手が付いてまして」
「買い手と交渉は出来ないか?」
気付かれない程度に片眉を上げた。
此処まで喰い付けば小技は不要だった。綻びそうな口元を懸命に押さえ、萱島は出し抜けに席を立った。
「分かりました」
態と仰々しく携帯を出す。
断って離れると、兼ねてよりキープしていた別の客へ電話を繋いだ。
『――本当ですか萱島さん!いやあ有り難い…何やら街宣車が五月蝿くて、中々買い手が付きませんで…』
そりゃ俺の部下だよ。
呑気な依頼主に毒気を抜かれ、眉間を掻いた。
カタギは騙さないと豪語しつつ、萱島の言う“真っ当なビジネス”は限りなくグレーだ。
否、暴力団に寄生してる時点で真っ白とは言い難い。どいつもこいつも。
「とは言え物を見てもらわない事には。先ず資料を送って下さい」
『ええ、ええ直ぐに…しかし、街宣車の件は』
「ウチで退かせますんで大丈夫ですよ」
『へへえ…そんな何から何まで』
頭の中がお花畑だ。流石に罪悪感が湧くも、貰える物は貰わねばなるまい。
通話を切り、もう一人の客へ勝利の笑みを向ける。
「専務、一先ず押さえましたので」
「おおそうか、すまない無理を言ったな」
「今日には資料を送って頂けるそうです。下見に行かれた方が宜しいかと思いますが」
「君の目利きだ。信用している」
其処まで誑し込んでいたか。有り難いような、居心地が悪いような。
襟足を掻き混ぜた後、萱島は最後の交渉に移った。
「ただ如何せん、先の買い手に示談金が必要だそうです。少なくとも300」
「300か…」
「貴方には世話になっている、半額は俺で負担します」
面白いように思惑通り。
専務の目が光を讃え、無言で萱島を仰ぐ。
萱島のコンサル業はこんな具合だ。
明細偽造会社の斡旋料、先方と此方からの仲介手数料、更にでっち上げた示談金。
おまけに客先の信用。
一件の取引の収穫である。
こんなに楽しい事があるかと嗤う。
何も知らぬ隣、専務はたかが金融ヤクザに丁重な握手を施し、その場でチップまで握らせた。
「今後も宜しく頼む」
先日の負債はどうにか回収した。
秘めた感謝に口端を釣り上げた。
そろそろもう一つ、雑用をこなさなければ。
面倒ながら別れを告げ、更に南へと車を走らせた。
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