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episode.2-3
ゲストカードでセキュリティを開け、空調の利いた内部へ踏み込む。
調査会社に片足を突っ込んで早一週間。
当初はお守りが増えてげんなりしていたが、想定外の収穫もあった。
何しろ平でも年収1千万強のレジェンドだ。若くて機知に富んだ人材を多分に抱え込んでいる。
成功者、万物の生徒であれ。
メインルームへ到達し、その日も萱島は一番の目当てを捜した。
この本部の責任者、システムの一切も担う青年、牧だ。
「…おはよう牧ちゃん」
自分の立場など放ったらかし。
勝手知ったる実家の如く、萱島は隣の椅子へ腰を下ろす。
「俺の新作どうだった」
「さあ、媚びてますねとしか」
わあエグい。
この端的で容赦ない物言いが、現代っ子が現代っ子たる所以だ。清々しい。
「昔に貴方が出演していたのは好きでしたけどね」
「ああ、アレね…エキストラの問題で難しいんだわ」
お分かりかとは思うがスナッフビデオの話だ。
この未だ酒も買えない青年、何故かその界隈に滅法詳しかった。
挨拶するなり萱島の素性に勘付き、握手を求めてきた。
直後から彼には顧客代表として、市場のニーズをご享受頂いている。
「何でも中途半端は良くないと思いますよ」
背凭れに身を投げ此方を向く。
今日も表情が見えない。それでいつも飄々と涼しげながら、顔色は最強に悪い。
寝食のシーンも見た覚えがなく、鍵を鳴らしているだけで人間味の薄い男だ。
「媚びるなら媚びる、自慰がしたいならカーテン閉めないと」
「カーテン閉めて変態を待てってか?」
要は金儲けの為にやっているのだから、ウケなければ意味がない。
無表情だった口元が、薄気味悪い笑みを戻した。牧は自分のラップトップを引き寄せ、キーボードを叩く。
「監督、“スラッシャー”はご存じですか」
「…話だけなら」
殆ど都市伝説だった。
ナイフ一本で芸術めいた殺しをする、化物みたいな男の裏ビデオが“存在するらしい”というだけで。
誇張されて一人歩きしている噂だ。萱島とて実物を見た例が無かった。
「見てて下さい」
中低音を潜める。
倣って液晶を覗き込むと、監視カメラと思しき目の粗い映像が流れていた。
零区の街道を男が歩いていた。
至って平静なその隣、音もない影がふっと過ぎる。
不具合による乱れだろうか。
目を擦ろうとした矢先、突然男の首元から液体が噴き出した。
それはもう結構な勢いで、突っ立ったまま栓を抜いたシャンパンの如く噴き上げている。
何がどうなった。
萱島は図らずも無言で魅入る。
死んだのか。多分被害者すら、気付かなかったに違いない。
人間の死に際が美しいと感じたのは初めてだった。夜空に放出される血液が、アートの画材にも思える。
「…これが2ヶ月前、世に出たビデオ第三弾。カメラに偶々残った映像って事になってる、真相はどうあれ」
動脈は素早く切断するほど、血が流れ出す勢いも速まるが。
彼処まで綺麗に迸るにはどれだけ。
「俺が買い取った額は1200万」
「千…?」
「初期作は3分のビデオで2千万、変態がそれ程の価値を付けたんですよ」
頬杖を突いて見守る牧は嬉しそうだ。
この餓鬼も大概歪みまくっている。
「この業界は需要による価格変動性だ、それこそ芸術と同じ。何も大衆を拾わずとも、プレミアを付ければ良いんです」
「成る程…ブランド力ね」
嘗ては萱島もキャストだった。というより欲求の儘に大量に殺していたら、その手のマニアが鑑賞したいと言い出した。
応えてビデオを撒いたのが今の商売の嚆矢だ。
最近“捌け”が悪い。
リピートされる商売敵を睨め付ける。迷いがない。颯爽と、去って行く後ろ姿すらも。
(ん…?)
唇を触った。否、何となく引っ掛かる。この歩き方。
「それにしても監視カメラの多い街だ、気が滅入る」
思考の最中で牧の発言に戻された。ロクに外にも出ない若者が、何の文句だ。
だが確かに彼の言う通り、何処もかしこも隙間なく目が張り巡らされていた。
元々帝明製薬の敷地故に、名残で付けっ放しになっているらしいが。一体誰が見てるやら。
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