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episode.2-4
「妙な一国だ…人が死にゃ禿鷹みたいに死体回収業者が飛んでくるし、貴方みたいな向上心のある変態は湧くし」
「お前みたいな不世出の麒麟児は居るし?」
「…児って歳でもない」
「あの少年は?何で餓鬼がこんな所に居る」
走り回る小さな背丈を指した。齢にして、未だランドセルを背負う児童に眉を顰めた。
「ああ、渉は社長の弟なんです」
「はん?」
誰が誰の何だと。
聞き違えかと流したが、萱島は落ち着かず結局身を起こした。
「…何だって?」
「だから弟。父親違いですけど、母親が亡くなったから社長が預かる羽目になったんですよ」
「あの無機化合物に人間の弟…?とんだアンビリーバブルだな、奇跡体験かよ」
「年も離れてるし可愛がっちゃいますがね、施設にもやらず職場で放し飼いにしてるし」
染色体が半分異なるとは言え、同じ腹から生まれてきたのだ。それにしては面から何から似ても似つかなかい。
まあ目は確かに。虹彩がちょっとばかし透けてはいるが。
勝手な興味で眺めていると、背後から別の気配が来た。
億劫に振り返る。
此処の職員については一通り目にした筈が、はて。
「お、久し振り」
反応して席を立った牧の隣、萱島は止まった。
致し方無い。今度は制服を着た高校生が、さも学校帰りの風体で現れたのだから。
「この前話した萱島さん、先週辺りから来て貰ってる」
「……」
「どうも」
まあ可愛げのない。愛想で笑いもしない、遺伝子から賢そうな青年が形式だけ寄越す。
「臨時で入ってる戸和です、学業の傍ら手伝ってくれてまして」
「あーそう…俺はまた社長の身内かと思ったよ」
「とんでもない、良い仕事するんですよ」
言われずとも空気で察した。
10仕掛ければ、100手は返して来そうな目をしていた。
後生畏るべし。学制服など久方振りに見た。
都内の私立だったとは思うが、何分縁も必要性もなさ過ぎた。
正直羨ましい限りだった。
任侠など大した旨味もない世界、昨今の若者は寄り付きもしない。
「牧、社長と連絡取れたか」
「いや未だ…」
複数の電子音が遮った。
反応が遅れたものの、3人が一斉に自分の携帯を引っ張り出す。
机の向こうでは構って欲しいのか、少年がじっと行末を辿っていた。
「…千葉」
「同じく」
「直ぐ来いってどういう事だ、アイツ社長と出掛けたろ」
牧と戸和…即ち本部の部下なら分かるが、萱島にまでこのメールを寄越した思惑は何だ。
派遣調査員への要請ならば、何ぞ面倒でも起きたのか。
「社長は何方に行ったんだい」
「貴方のご実家ですよ」
ご実家と言ってもまさか生家ではない。萱島が本来所属する暴力団、黒川組を訪ねたらしかった。
それは。鼎談の中、萱島が1人唸った。
自分が行った方が事が早いのでは。
また雑用が増えて非常に不服だが、まあ良い。今日は朝の件で機嫌が青天井だ。
考えていたら携帯が再び受信に鳴った。
「…“揉めてる”」
端的な一文に三者が顔を見合わせる。
「牧ちゃん手当申請しといてくんない」
「あれ出てくれるんですか?有難う御座います」
しれっと放たれた謝辞は聞こえないフリで、萱島はさっさと出口へ踵を返す。
萱島とて実家がボヤを起こせば被害を被るのだ。揉め事を聞いて、胡座をかいている訳にもいかない。
「俺は下に行ってくるから、ちょっと頼んだわ」
告げるや、身軽に椅子から降りた牧も場を後にした。
見送る戸和の後ろ、小さな生き物が頭突きで衝撃を加える。
可哀そうな渉。腰元に縋り、少年は退屈そうに唸っている。
「ねえ、なに、遥なんかあったの」
「さあ」
「何で誰も俺の新しいマクロ見てくんないの、ねえ」
この様子じゃ朝から誰も構ってやってないようだ。
払うのも憚られ、不満でパンパンに膨らんだほっぺたを引っ張った。
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