16 / 111
episode.2-5
「ほわー、ほわのあふぉー」
「お前身長伸びたな」
ちょっと見ない内に、いつも頭の位置が高くなる。
渉はきょとんと佇んだ。何を思ったか、戸和が手持ちの携帯で写真を撮り出したから尚更。
「あ、どうする気だよそれ!」
笑声に変わった少年が跳ねる。勝手に添付して何処ぞに送った後、携帯を仕舞った青年は追撃を擦り抜けた。
「秘密」
黒い制服が遠のいた。逃がすものかと距離を詰め、渉は躍起になって妨害を始めた。
萱島の電話が繋がったのは、結局留守電まで粘って5回目の事だった。
忙しそうな千葉くんに事実確認をした所。どうも事務所でなく、会食していたホテルで勃発したらしい。
千葉くん自体は渦中から外れた駐車場に居たが、最初の発砲音の後、何処からともなく湧き出た敵が蟻の様にホテルへ群がった。
気付いた頃にはホテルは孤立。西部傘下の過激派に囲まれていたそうだ。
「…それ揉め事ってレベルじゃなくない」
識者みたいに独りごちた。
(自分の)車を飛ばし、言われた住所に向かってみれば。
成る程近づくにつれ、散発的な銃声が流れ始めた。
何処から乗り入れたものか。周囲を走らせていると、次第にちらほらと知った背中が見えた。
どういう状況だ。
萱島は訝しげに目を這わせ、愛車を停める。
数人ウチの部下が見える。
つまり何か。籠城したホテル。それを囲い群がる蟻。そのまた外壁に張り付く輩。
想像以上に拡大し、騒ぎが増援を呼び、ちょっとした戦争になっているでは無いか。
「良いねえ、ミルフィーユ食いたいねえ」
ストレス発散がてら渦中に突っ込もうかしら。
車を降りて煙草を咥える。
展開を謀っていると、側の鉄柱に銃弾が跳ね返った。
「――おい疫病神!何処から来やがった!」
遠方で何か、覚えのある面々ががなっていた。
あれは孝心会の阿呆共。態々傘下の窮地に駆け付けるとは、結構ウチの組は優遇されていたらしい。
野次を呆れて眺めていると、俄に一団が左右に割れ出した。
外壁を剥がしに敵が噛み付いてきたのだ。
てんやわんや。
陣形も入り乱れ、益々収拾が遠くへ霞んだ。
「…気持ち悪いなフナムシかよ」
さっと一斉に散る黒服は確かに磯のゴキブリの様だ。都会に居るから立派な不快害虫だろう。
この騒ぎに乗じて、気に食わん輩は撃ってしまおうか。
例えばさっき人を疫病神などと詰ったあのハゲ。
棒立ちしていたら、萱島の足元にも弾が来た。
成る程理性は働いている。中々どうして、マシな狙いをしてくれる。
「帰 にさらせガキィ!」
フナムシを蹴散らし敵が突っ込んで来た。
宜しくどうぞと待ち構えたが、何もしない内に相手が武器ごと吹っ飛んだ。
(あれっ)
残念ながら萱島は撃ってない。
弾道からして、上か。
姿のないサポーターを追う。しかし萱島が発見するよりも早く、建物から当人が降って来た。
間近に風圧を受けた。意表を突かれて仰け反ると、この場に自分を呼び付けた千葉が立っていた。
「…萱島さん」
返答も忘れ、思わず窓の無い建物を二度見する。
「怖えな、何階から落ちてきたお前」
「そんな事より聞いて下さいよ、俺が用も済んだし帰ろうとしたらこれですよ。情報が漏れて待ち伏せされたにしても何だ、この暇人の量、頼むからヤクザはさっさと定職に就いてくれ」
「日頃の行いが悪いからだろ、俺も良くあるよ」
「貴方と一緒にしないで下さいよ」
詰め寄る彼の機嫌が悪い。
流石に「ヤクザも立派な就職だ」と茶化すのも憚られ、萱島は咳払いした。
「状況を聞こうか千葉くん」
「ホテルの25階に社長、貴方の仲間が襲撃犯と交戦中。そこに駆けつけた増援、そして駆けつけた…エンドレス」
「ウチの頭が居たとは言え…お前の雇用主にまで喧嘩売ってどうする?あっちこっちの財源握ったお大臣様だろ」
「近頃引っ越してきた連中でね、今の二大広域組を越えて一旗揚げようとした新興が居まして。まあ要は此処の事情なんてさっぱりなんです」
「ああ…」
言われてみればそう言えば、そんな小物も増えていた様な。
ただし以前萱島が聞いた話によれば。
彼らの一旗の材料は“粉”らしく、武力で進出を図るというよりは、同業相手にビジネスで儲ける算段に見えた。
ともだちにシェアしよう!