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episode.2-6

「これが収束したとして、貴方方は本格的におっ始める気ですか」 「雨は降るかって?明日に聞いてみな」 苦そうに煙を吐いた。 萱島の前に、何時の間にか岩陰からフナムシが舞い戻っていた。 そんなにじっと見てどうするおつもりか。用があるなら金を積んでくれないだろうか。 「…おい詐欺師。お前はともかく、お前の親父と社長には世話になってる」 「金借りてるの間違いだろ」 「指咥えて見てる訳にもいかん、裏から建物に入れねえか」 「裏ぁ?裏も何も、ご覧の通りのオーシャンビューだよ」 背面は堤防だ。 這い登れと言うのなら、それこそ其方側が致せばいい。 息を潜めて壁面を遡るフナムシ。ああ気持ち悪い。 「良いか姑息な手が通じないなら、盤面を覆す敵の“核”を見つけな。湧いてきた虫が台所に入れない原因があるだろ」 随所に挟まれる罵倒にささくれつつ、孝心会の人間は憮然と彼方を指した。 「…あの正面の機銃だ。五月蝿くて堪らん」 確かにあれは五月蝿い。 独特の射撃操作から、一目でM2だと分かる。街中であんな大口径をぶち込まれたんじゃ、柱から地面から抉れ、酷い粉塵を巻き上げている。 「流石は天才ブローニング先生。しかし儲かってらっしゃる、羨ましい」 「現地でも市場なら300万はするでしょうね」 「ウチに対応する程の火力は無えんだ、どうすりゃいい」 どうするも何も。 会話の最中も音が止まない一帯に、耳鳴りが酷い。硝煙に火災現場の如き臭いが立ち籠め、乾く唇を舐め取った。 麗しいこの空気。 全脳が悦んで寒気がする。 「そうだね、まーかしときなって…」 究極にヤバイ面。ド変態の疼きに、付いていけない男が後ずさった。 「まあ幾らなんでも拳銃じゃな…おい、其処のフナ…おっさん、それを寄越しな」 スキンヘッドの肩からナイツを毟り取る。抵抗にあったが、後で返すからと宥めすかした。 こんな軍用の狙撃銃、貴様では持ち腐れに尽きる。 「千葉くん」 優秀な部下に放って寄越す。 彼の得物は拳銃だが、まあ使えなくは無いだろう。先に助けられた際の事例からして、目標補足力は素晴らしい。 「じゃあ達者でな烏合の衆」 「二度と来るな」 舞い上がる砂煙に咳き込みつつ、黒い一団は野次を投げ加える。 「楽しい結末になると良いな…!」 嬉しそうに捨て台詞を寄越したかと思えば、萱島は部下を連れ瞬く間に消え去った。 数匹、弾が通り道を追い掛ける。 聴覚が馬鹿になりそうな空間だった。 萱島は部下と共に駆け抜け、状況把握に努める。 ホテル正面にM2。背面は海で、続くのは開けた街道一本のみ。幅10メートルはあろう進路の脇は、間に合わせでコンクリートを固めた様な建造物が犇めいていた。 (こっちはお留守か) 側面は囲いが薄い。 鉄筋を擦り抜けながら、2人は攻撃の拠点へ直進した。 「…おっと」 先鋒を走っていた萱島がブレーキを掛けた。 路地を挟んだアパートで、彼方此方に弾の跳ね返る音がする。ついでに口撃の応酬も。 「此処から先は超過料金が掛かるぞ」 「……」 千葉が背にしていた鉄筋を仰ぐ。 2階建のアパートは改装中なのか、コンクリートも剥き出しで冷え切っていた。 目標までは凡そ700メートル。上階には硝子も枠もない、穴だけの窓が口を開けていた。 「…入り口をお願いします代理」 「良く言った、外したら来世に期待しろ」 手を束ねたヤクザが器用に片頬だけ吊り上げた。 眼の奥で嗤う。視線を返すのみで、千葉はナイツを肩に簡素な階段を駆け上った。 こんな距離まで火薬の匂いが鼻についた。 ロンドンの霧の如く、充満した土煙で景観は最悪だった。 窓の影へ膝を突く。ざらつく唇を舐め、静かにスリングを腕へと絡め、銃身をM2の方角へ向けた。 SR25の有効射程はオフィシャル600M。但し、高精度の弾を飛ばせばその限りでない。 素人でも数時間で500M先を射抜く。 この距離如き、問題ない筈だった。しかし。 (なんて邪魔な位置に停車してやがる) 計算か天然か。射手を囲う様に群がるバンが、斜線を絶妙に遮っていた。 隙間は僅か10センチ。 焦燥とともに、階下が次第にざわめき出す。 怒声と激しい銃声がコンクリートに反響した。 耳障りな街だ。千葉は零区が嫌いだった。 詰まらない場所に骨身を埋める気もない。 スコープを覗き込み、M2を仕留めるべく肺の動きを黙らせた。

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