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episode.2-7
(…吸気は約70%、息を止めて10秒以内に照準を完了し、トリガーは横揺れに注意して真っ直ぐ後ろへ)
脳内で理性が叩き込まれた教本を反芻した。背景が空白になり、音が消し飛ぶ。この時間は好きだ。
(発射の一瞬後まで目標を注視し、弾着の見送りを怠るべからず)
電柱の鳥が去る。
決然と引かれたトリガーに呼応し、大口径弾が車間の隙間を撃ち抜いた。
キイィィン…――
跳ね返る金属音のち、一帯を埋めていた轟音が止んだ。
階下の喧騒すら沈む。
部下は目標を制した。
ナイツの弾丸はM2のトリガー部に直撃し、射手の利き手と共に作動不良に追い込んだ。
「…格好良いガキだね」
顔面を踏んでいた萱島が賞賛を送る。
クイーンは落とした。さて、ポーンは昇格してエンドラインで敵の矛先となる。
この先が面倒臭いぞ。
群がる気配を感じ取り、萱島は2階へ声を張り上げた。
「千葉ァ!ゴキブリが来るぞ、そのままぶちのめせ!」
幸いM2の陥落で孝心会は復活した。
功労者を放って、開けた穴から意気揚々と雪崩れ込んでいた。
前線が益々混沌を極める。なまじ全部黒いだけに何が味方か判らない。
そういや社長は生きてるだろうか。
本来の目的を思い出し、萱島がホテルへ目を走らせた時だった。
(…ん?)
幻聴か。
柱で弾を往なしつつ、新たに加わった低音へ首を捻った。
銃声、でない。この一定に流れ込む様なバリトン。
段々とボリュームを増すそれが何か、接近して漸く知れた。
エンジン音だ。しかもお天道から落ちてくる。ヘリか。
好き好んでこの場にやって来る連中を考え、萱島は舌打ちして部下へと電話を掛けた。
「千葉くん聞こえるか」
回線越しにオートマチックの速射が響く。
初めは訝しげだった彼も、耳を澄ませて気付いたらしかった。
零区には頻繁にヘリが飛んで来る。
決まって人の臨終に合わせ、見計らった様に軍用機の霊柩車が降り立つ。
死体回収業者。彼らには「サーヴァント」いう商号があったが。
住民は専らこう呼んでいた。屍肉を漁りに巣から這い出す、“スカベンジャー”と。
「掃除屋が今に何の用だ」
『いや…』
青年の声が遠い。エンジン音が増えたらしい。
一体何台引き連れてきたのか、周囲の敵すら慄いて彼方を見上げていた。
『スカベンジャーは“事が終わってから”でないと絶対に来ない。あれは地主です』
「地主?」
帝命製薬が何用だ。確かに、視認できた機体は喪色でない。
社名のロゴと同じ、センターに赤いラインが走っている。
「…おいおい」
萱島の瞳孔が広がる。
編隊を成して飛来した怪物は、何処ぞの戦場で見た造形をしていた。
「何で民間がブラックホークなんて持ってる…?」
最高時速290キロの鉄塊が突っ込んできた。凄まじい羽音と暴風が及んだ。
街道の人間が砂煙に耐える。矢先、容赦無い機銃の掃射が始まった。
まるで神の怒りだ。
脚元を隙間なく埋める弾幕に、身を伏せた萱島は柄にもない感想を抱いた。
「…く、くそォ…!散れ!散れェ!」
太刀打ち出来ない暴力に全員が惑う。
断末魔もない。射的の的のごとく、バタバタ唐突に地面へ転がる。
1機目が高度を上げて身を翻し、空へ帰って行った。
休む間も無く後続が街道をなぞり、そこかしこに凶器を注いで穴を開けた。
「…殲滅軍かよ」
『零区に治安部隊は無いと言いますが、彼らがその様なものです』
機銃に混じり、遠方から殊更派手な衝撃が襲った。
今度は砲弾を落とし始めたらしい。
『よっぽどの事が無いと動きませんが、土地を荒らされると腹が立つんでしょう』
「どちらかと言えば手前で荒らしてるけどな」
車体に引火したのか、黒煙が噴き上がる。洒落の利かない戦場と化してきた。
此方とて、何時でまでも籠城している訳にいかなかった。
『…退避ですね』
「お宅の上はどうすんだ」
『あのホテルは同族経営だ、まさか自分の店までは破壊しない』
納得した萱島は、自身の退路を見つけるべく目を走らせた。
生まれたクレーターの中で、事切れたのか無数の人間が転がっている。
これだけ圧倒的に致せば、幾ら執念深いヤクザでも仕返しを躊躇うだろう。根性と鉄砲だけでは手も足も出ない。
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