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episode.2-8

「痛ましいねえ…こんなに人が死んで」 白々しい独り言を零し、殆ど空のマガジンを放った。 建物の損害は少ない。身を隠す為にも、来た道を辿るのが懸命だった。 「手当弾んでくれよ千葉くん」 『それは社長に言って貰いませんと』 一先ず降りてこい。命じようとした手前、遮る様に部下が言った。 『俺が用意出来るのは退路くらいなもので――どうぞご武運を』 通話が切れる。 萱島は頭上を睨んだ。なんとまあ、人の出来た18歳だこと。 未成年に甘えるのも憚られたが、これ以上の泥沼は御免だった。アドレナリンジャンキーとは言え、生憎軍用機の編隊相手に暴れる元気は無い。 既に戦意を刈り終えたにも関わらず。 地主は巡回の如く、うろうろと街道の飛行を続けている。 逃げた虫まで一匹ずつ潰す気だろうか。そんなに暇なのだろうか。 うっかり悠長に眺めていたら、荒れ果てた地上からも進軍が始まっていた。 (今度は装甲車か) 帝命製薬は軍事と提携でもしているのか。 例えばバイオ兵器開発だとか、兵士用ドーピング剤だとか。 良い加減思考を切り上げ、萱島はアパートの壁際を抜け出した。すると何か。物陰から八つ当たりの如く発砲が飛んで来た。 「――き、貴様…!あのヘリは…何だ!何処の人間が…何処の…」 未曾有の恐怖にトチ狂う。 ブレまくった照準だろうが無茶苦茶に撃ってきた。 煩わしい。妨害へ舌打ちした矢先、頭上から落ちた弾が綺麗に敵を射抜いた。 呆気に取られ、萱島は走り去る傍らにアパートを見上げる。 (あのガキ、何時まで残る気だ) “一人でも殺ってみろ。同様にしてやる” 此処で雇用主の凄文句が蘇った。 それは、間接的にでもだろうか。しかし。 気を揉む萱島の背後へ影が落ち、轟音に弾かれて振り向いた。 路地の入り口からヘリが睨んでいた。 しかも紛うこと無く、ターゲットを定めて低空飛行に入っている。 「…勘弁しろよ」 さしもの萱島も絶句し、妙な汗すら湧いた。 (撃つな、撃つなよ頼むから) 生来無い祈祷を刻む。 黒い塊に物申してる訳ではない。 アパートに残した狙撃手だ。 もう此方が誘導して遠ざけるしかない。 決心し、右足を踏み出した直後に懸念していた横槍が裂いた。 ブラックホークのメインローターへライフル弾が埋まり、異常を来した塊がもうもうと煙を上げていた。 千葉くん、お前って奴は。 ソマリアの市街戦よろしく、墜落したヘリが一帯を燃やし尽くす。 そうして矢張り、異常を察した2機目が間髪入れず襲来した。 位置のバレた狙撃手は終いだ。 萱島が妨害を練る前に、当たりを付けた建物へ次が接近する。 「――…クソったれ」 情け容赦ないカウンターが始まり、脆い壁面が粉微塵に吹き飛んだ。 ハチの巣にされたアパートへ渋面を作った。 あれじゃ絶望的だ。 もし彼が死んだ場合。脅しでも無く、自分も同様になる訳だ。 先が暗い。だったら精々仇に生きるか。 手近な死体の得物を奪った。 生きた鼠は居ないか。ブラックホークが再び周遊を始める。 頭上へ這い寄る塊へ、萱島は砂だらけの唇を舐める。 おいで黒い鳥。食事はこちら。 構えた所で音が増えた。 その背後から更にもう2羽、3、4機目がユニゾンを奏でていた。 多勢に無勢。 衆寡敵せず。 大勢に手なし。 同義の言葉が思考を埋める。 見放された萱島の背後、今度は地上から猛スピードで何かが迫って来た。 (そして車かよ) 鈍色のセダンが路地を突っ込んできた。 こっちは轢き殺す気か。 限界近い速度が距離を奪う。 止まれば次がない。 どうする、どうする。 打開を捜せ。網の抜け目を。 撃てるか。 逃げるか。 セダンが目先へ詰める。もう余白が無い。 避けるか。脇へ飛ぼうとした寸前、車体は前触れ無く急ブレーキを掛けていた。

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