19 / 111
episode.2-8
「痛ましいねえ…こんなに人が死んで」
白々しい独り言を零し、殆ど空のマガジンを放った。
建物の損害は少ない。身を隠す為にも、来た道を辿るのが懸命だった。
「手当弾んでくれよ千葉くん」
『それは社長に言って貰いませんと』
一先ず降りてこい。命じようとした手前、遮る様に部下が言った。
『俺が用意出来るのは退路くらいなもので――どうぞご武運を』
通話が切れる。
萱島は頭上を睨んだ。なんとまあ、人の出来た18歳だこと。
未成年に甘えるのも憚られたが、これ以上の泥沼は御免だった。アドレナリンジャンキーとは言え、生憎軍用機の編隊相手に暴れる元気は無い。
既に戦意を刈り終えたにも関わらず。
地主は巡回の如く、うろうろと街道の飛行を続けている。
逃げた虫まで一匹ずつ潰す気だろうか。そんなに暇なのだろうか。
うっかり悠長に眺めていたら、荒れ果てた地上からも進軍が始まっていた。
(今度は装甲車か)
帝命製薬は軍事と提携でもしているのか。
例えばバイオ兵器開発だとか、兵士用ドーピング剤だとか。
良い加減思考を切り上げ、萱島はアパートの壁際を抜け出した。すると何か。物陰から八つ当たりの如く発砲が飛んで来た。
「――き、貴様…!あのヘリは…何だ!何処の人間が…何処の…」
未曾有の恐怖にトチ狂う。
ブレまくった照準だろうが無茶苦茶に撃ってきた。
煩わしい。妨害へ舌打ちした矢先、頭上から落ちた弾が綺麗に敵を射抜いた。
呆気に取られ、萱島は走り去る傍らにアパートを見上げる。
(あのガキ、何時まで残る気だ)
“一人でも殺ってみろ。同様にしてやる”
此処で雇用主の凄文句が蘇った。
それは、間接的にでもだろうか。しかし。
気を揉む萱島の背後へ影が落ち、轟音に弾かれて振り向いた。
路地の入り口からヘリが睨んでいた。
しかも紛うこと無く、ターゲットを定めて低空飛行に入っている。
「…勘弁しろよ」
さしもの萱島も絶句し、妙な汗すら湧いた。
(撃つな、撃つなよ頼むから)
生来無い祈祷を刻む。
黒い塊に物申してる訳ではない。
アパートに残した狙撃手だ。
もう此方が誘導して遠ざけるしかない。
決心し、右足を踏み出した直後に懸念していた横槍が裂いた。
ブラックホークのメインローターへライフル弾が埋まり、異常を来した塊がもうもうと煙を上げていた。
千葉くん、お前って奴は。
ソマリアの市街戦よろしく、墜落したヘリが一帯を燃やし尽くす。
そうして矢張り、異常を察した2機目が間髪入れず襲来した。
位置のバレた狙撃手は終いだ。
萱島が妨害を練る前に、当たりを付けた建物へ次が接近する。
「――…クソったれ」
情け容赦ないカウンターが始まり、脆い壁面が粉微塵に吹き飛んだ。
ハチの巣にされたアパートへ渋面を作った。
あれじゃ絶望的だ。
もし彼が死んだ場合。脅しでも無く、自分も同様になる訳だ。
先が暗い。だったら精々仇に生きるか。
手近な死体の得物を奪った。
生きた鼠は居ないか。ブラックホークが再び周遊を始める。
頭上へ這い寄る塊へ、萱島は砂だらけの唇を舐める。
おいで黒い鳥。食事はこちら。
構えた所で音が増えた。
その背後から更にもう2羽、3、4機目がユニゾンを奏でていた。
多勢に無勢。
衆寡敵せず。
大勢に手なし。
同義の言葉が思考を埋める。
見放された萱島の背後、今度は地上から猛スピードで何かが迫って来た。
(そして車かよ)
鈍色のセダンが路地を突っ込んできた。
こっちは轢き殺す気か。
限界近い速度が距離を奪う。
止まれば次がない。
どうする、どうする。
打開を捜せ。網の抜け目を。
撃てるか。
逃げるか。
セダンが目先へ詰める。もう余白が無い。
避けるか。脇へ飛ぼうとした寸前、車体は前触れ無く急ブレーキを掛けていた。
ともだちにシェアしよう!