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episode.3-2
「商人に銃は要らないだろ」
「そりゃ法の敷かれた国の話だ、これから増々面倒が増えるってのに」
そう、実際既に面倒は増えていた。
先日の凄まじい内戦が尾を引いていた。
というよりも、あれがどうやら嚆矢だったらしい。
先般呼び出された会席では、孝心会の執行部(若頭、若頭補佐、総本部長で形成された最高機関)が雁首を揃えていた。
「――案の定新参ども、黒川にシャブ持ち掛けたそうで」
居合わせたのは加えて神崎、本郷と何故か萱島だった。
片足突っ込んだとは言え、立場は二次団体の構成員。
良いのかと呆れたが隅で黙っておいた。
「帝命製薬にまた茶々入れられたんじゃ敵いませんから、派手な抗争は避ける方針です」
違う違う。
完全にビビってるのだ全員。蚊帳の外で萱島は天井を仰ぐ。そりゃ軍用機で砲弾を落とされたのでは無理も無いけれど。
「それじゃ商談に移ると?」
「いやウチは親父のその上から薬はご法度、話は元々蹴るつもりですわ」
ならこの会席の意図は何だ。
迷惑料なら黒川当人から包まれているし、事後報告なぞ結構だ。
「…ところが何やらウチの中にもきな臭い連中が居まして。前々からねえ、実は零区にも売人が彷徨いとるんです。表向きは禁止してますが、買っとる奴もちらほら」
売人、という単語が引っかかった。
態々他所が零区へ出稼ぎに来ているのか。まさか川を挟んだ敵がバイに来ているとも思えないから、そうなのだろう。
売人は今でこそ減ったが、依然外国人が雇われている。背後には必ず暴力団が居て、供給を管理していた。
「もしかしたら勝手な真似して、個人間で取引する阿呆が居るんじゃないかと。まあ個人間なら絶縁すりゃしまいですが、組織単位となるとね…そりゃでかい癌ですから」
「何処の組です?」
遠回りな説明を神崎がすっぱり切った。
若頭が怯む。
完全に心当たりのある言い草に、さっさと本題へ行けと煩わしくなったのだろう。
「…枠場ですわ。先日のド派手なやり合い、アレだけ連絡が付きませんでね」
不義も良いところで、呼び出しに応じなかったのだとか。
それだけだと何だが、まあ前から如何わしい言動があったらしい。
枠場一家とは、構成員2千名ほどの孝心会二次団体だ。
位置取り的には萱島の組と等しく、次の上座を奪い合う程度の仲だった。
粉ねえ。記憶を掘り返し、事情を考察する。
正直あんなにヤクザに似合いの物があるだろうか。刹那の快楽で燃え、後は真っ暗。
大体捜しゃウチの若いのだって打ってるだろうし、そもそもお宅の側近だって怪しい。暗黙の了解だったのでは。
取り締まりが無い故、態々ここに一服しにくる人間も居る具合なのだから。
普通に考えて、もう蔓延している。
「ウチに調べろと?」
「仰る通りです、誰が黒か白か分からん状態ですから」
「だってよ、義世」
なんと二言目で放り投げた。それでさっさと席を立ち、この不遜な雇用主は無関係とばかりに去っていく。
相変わらず横暴な野郎だ。資産ふんだくるぞ。
何時も通りの副社長を後目に、萱島は目くじらを立てて追い駆ける。
この場に呼んだのも押し付け用か。
「…お待ち下さい神崎先生」
幸い脚は留まった。
今日も色のない目で此方を見ている。
「俺がお宅の本業にまで携わるのは、当初のお話と違うんじゃありませんか」
「当初の話?」
何の事だ。と言わんばかりに首を捻った神崎が見下していた。
見下ろしていた、ではない。見下していた。
「当初の話も何も、俺が今変えりゃそうなるんだよ」
「…」
「オリエンテーションから必要か?なら言うが、俺に雇われた時点でお前は犬だ。固定給の意味はな、別に君が大した成果も上げなかろうが頭垂れてりゃ恵んでやる。そういう事だよ」
こいつ。
「俺が死ねと言ったら、火中に突っ込んで死ぬのが仕事」
「…ああそう、糞ったれサラリーマンね」
稀に出会した、こういう完全に“使役側”の目をした男。
人の股どころか、サタンの槍の股から生まれてきたに違いなかった。
「ならせめて一つ、ご慈悲でパートナーを変えちゃくれませんか」
「義世ね、何が不満だよ」
「良い加減眩しくて目が潰れそうだ」
「へえ、素敵な口説き台詞だな」
抜け抜けと言い、神崎は人の家で燻らせる煙を吐いた。
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