24 / 111

episode.3-3

「まあ今回君に振ったのは…」 一寸、其処で遠くを見た。視線の先は会席の部屋だ。 はて。生まれた間に萱島が瞬く。 「他に確かめたい件もあってな」 「はあ」 「考えといてやるから精々仕事しといで、沙南ちゃん」 「…その忌まわしい名前を呼ぶな」 返しも聞いているのか居ないのか、男は飄々と萱島を往なして消えた。最後まで頭を撃ってやろうか悩んだ。 そういう業腹なやりとりの末。 現在萱島は副社長に伴い、枠場が買い占めたマンションへ侵入している運びだった。 「――そもそも連中が持ってきた話の内容が何だったのか。単純な売買なのか、供給に噛まないかという誘いなのか…無法の土地なんてターミナルに絶好ですから、後者だとは思いますが」 「零区に目を付けたは良いが、既に他所の縄張りだった。事業承認のために共謀を持ち掛けた…って事か?」 「ええ仰る通り」 観葉植物を掻き分け、萱島は周囲を伺う。 幸い先に出会した警備以外はお留守らしい。1人天に帰ったが、まあ良いか。 「…ふふ、今にとんでもない乱世になる」 「まあ、割れるだろうな」 「そう、あの執行部の挙動からして既に身内も臭い。誰が敵か誰も分からんのです。仮に枠場が黒だとしたら、奴らを頭に二分化して東部は内戦になる」 早々にRICに話を持ち掛けたのも、連盟に引き込む為か。 地面に頭打ちつけて頼んだ所で、あのサタンが加勢するとは思い難いが。 「一方が第三勢力と化して三竦みが出来るか、一方が勝者となって組織改変されるか…」 「この機に西部陣営が攻めてきて混沌を極めるか、あるいは和解して手を組むか?」 隣を見れば萱島が嗤っていた。 本当に嬉しそうな様に、本郷は率直な疑問を投げる。 「…それでお前の所は?」 「はあ、それを聞きますか本郷先生。正直俺はヨイショに関しちゃ無能でね、上の情報なんざ知りませんよ」 媚び諂っちゃいるが、イマイチ信用されないのだそうだ。 生涯で信用してくれた人間が、裏金で助けた人種と初見の借入客だけだと言うのだから。 普通の人間なら自暴自棄になりそうだった。 「なあもう一個聞くけどさ、お前何で暴力団に入ってんだっけ」 「…ああん?俺への質疑応答は設けてませんよ」 「こないだ手前もお節介な質問してきたろ」 「はいはい初日の件ね。まさか今まで根に持ってたんですか、一体何処まで女々しい野郎だ…タマついてんのか」 心なしか付近は先より人が増えていた。 調査員が別件で一杯故、わざわざこうして責任者自ら偵察に来た訳だが。 正直この時は下見で終わるつもりだった。 「…言ったなこの小金虫め。お前俺の事嫌いだろ、俺もお前の事嫌いだけどな」 「ああ嫌いだ…いや待て、先に言ったな。未だ俺が肯定してないのに決めつけやがって。内訳は何だ、どうせ蝸牛の糞みてえな理由だろ」 「その品もないし、意味も分かんねえ口調が頭悪そうでヤなんだよ」 「あっ、人の感性を何だと…」 「オイ」 ピタリ。意図せぬまま、掴み合いに発展していた双方が止まった。 知らない複数のオッサンが取り囲んで見ていた。 誰だお前。取り込み中だ。 ところが噛み付こうとして、2人はやっと此処が他人の私有地なのを思い出した。 「何を嗅ぎ回ってんだてめえら、ちょっと面貸せや」 「面貸せだと?どうやって貸すんだ、言ってみろ」 不要に煽る萱島の頭を叩き、本郷は一帯を見渡した。 これは完全にやらかし…否、好都合だ。 「…失礼、玄関が分からなかったもので」 本郷が手前に進み出るや、相手は少々困惑気味だった。 見目から雰囲気から先ず同業ではないし、大凡遭遇した例のない人種だ。 「RICの本郷と申します」 商人らしく丁重に名刺を出す。 男の目が名刺と当人と、間抜けに何度も行き来した。 「…こ、これは」 ドスを抜いた素朴な声が返る。 「大変失礼致しました」 「兄ィ、誰やそれは」 「阿呆!黙っとれ…」 便利な名刺だ。 萱島は感嘆するも、新たな展開を考えねばならなかった。 正面から客として入ったのでは、ゴミ箱の中までは見せちゃくれないだろう。 盗聴器の類いはリスクがデカ過ぎる上、孝心会がRICに接触した件が回っている可能性もある。既にこの時点で、警戒されている懸念があった。

ともだちにシェアしよう!