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episode.3-5
「お前ら2人も、みんな…いつまでも暗い、変だよ」
千葉は何も言えない。
返せる答えを一つも持っていない。只々、歯を食いしばる彼を情けなく見送るだけだ。
「もう元に戻んないんだ…全部」
少年は遂に核を抉った。
口撃を耳にした牧が、放心して瓶を滑り落とす。
気の所為だよと宥めることも。
後ろにいざる体を、ほんの少し引き留めることも。もう何もしない。
だんまりに渉は顔を歪める。
2人をその場に見捨て、夢中で長い廊下を逃げ出した。
このスピードのまま時空に乗り、過去に遡れたら良いのに。
目的も無いから前も見ない。
更に他を気にする余裕もなく。事務室から幾つか部屋を過ぎた辺りで、少年は盛大に何かへ衝突した。
「――ぶっ」
「走るなよ」
鼻の痛みが現実へ引き戻す。
充血した瞳には、制服を着込んだ青年が映っていた。
「…戸和」
「また泣いてるのか、泣き虫」
「うるさいな違うよ」
ごしごしと両目を擦り、顔を背ける。
この青年だけは何時も変わらない。やって来たのは事件後のことで、付き合いも未だ1年足らずだったが。
冷めた様でその実とても優しい。
その性質を嫌いになれる筈もなく、最近で言えば誰よりも構ってくれていた。
「だってみんな分からず屋なんだ、特に牧はずっと…俺が何ゆっても聞いてないし」
廊下の真ん中、少年は蟠りをぽつぽつと零した。
「みんな俺をのけ者にしてる…なんかアレからずっと、仲間はずれにされてるんだ」
「…去年の件は、社長から大枠を聞いただけだが」
延々続きそうなマイナス思考を断った。
常に一定を保つ声音に、少年がやっと面を上げる。
「結果的に命は助かっても、強いストレスはトラウマ化して尾を引く。特にメインルームは…お前を逃がした後、大破したんだったな」
言われた通りだ。確かに渉は事件当時、戦場と化した本部から早々に連れ出された。
序破急を見届けた訳ではない。
「渉、1年じゃ回復するには早過ぎる」
戸和は言い切った。
みな彼方此方に手術痕を抱えていた。
顔に至っては、皮膚移植の影響で今も引き攣るのだ。
命は助かったと言ったが、下の実働隊には死者も出た。
後遺症を患うのは、致し方無いことだった。
「…分かってる、分かってるけど」
「大人はな、お前と違って余計な事も考え過ぎるんだ。もう少し待ってやりな」
走って乱れた頭を正す。
その落ち着いた手つきに、殊更バツの悪そうな顔をした。
「けどお前が遠慮する必要もないから」
「うん」
「めんどうな“先生”抜きで遊びに行ったら」
「…ふへへ」
耐え切れない様に渉の口元が緩んだ。
「先生じゃないよ、牧は一番みんなのこと考えてるだけ」
「そうだな。じゃあ良い」
すっと屈めた背筋を戻す、目前の高校生を名状し難い気持ちで見た。
不思議だ。一匹狼の体で、誰よりも場を把握している。
涼しげで柳みたいな様が、ポロポロと序でのことまで話させるのだ。
「…俺ね、5歳で此処に来て。遥は忙しいからあんま遊んでくれなかったけど、みんな一緒に居てくれて家族みたいなんだ」
母親と異国で暮らしていた渉は、彼女の死によって兄の会社にやって来た。
親も居ない孤独の中、ご飯の食べ方から手を繋ぐことまで、すべて此処の人間が教えてきた。
「ほんとは今も揃うだけで、嬉しいんだけど」
「渉、お母さんの事は?」
どうして急に其処を広げたのか。
渉は目を瞬いたが、引っ掛かりつつも有りのままを答えた。
「…覚えてないよ。ほんのちょっと、飛び飛びの記憶はあるってくらいで」
「なら、お前のお父さんは?」
増々変な顔になる。
そう言えば父と呼べる存在が居るらしかった。正直渉にとっては、その程度の話に終わる。
なのに戸和の表情が他人事とは思えなかった。
真摯に正面から見る目に、子供ながらに言葉を選んでしまった。
「あ、分かんない…そんなに会った事ないから」
「そっか」
変なこと聞いた。未だ戸惑う渉を撫でて、青年は代わりに抱えていたファイルを手渡した。
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