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episode.3-6

「これ千葉に返して、ついでに仲直りしといで」 「…ん」 愛されていた少年は素直だ。 次にはまた事務室を目指し、来た道を引き返していった。 後ろ姿が豆粒になった頃。 戸和の携帯が鳴った。この時間は何かあったのか。 周囲を確認して出るや、知らぬ間に転がった状況を喚かれた。 「何…枠場に?」 速報に唇を噛んだ。遂に介入したか。 これ以上首を突っ込んで欲しくは無かったが、致し方無い。 やけに重い学生鞄を提げ、エントランスへ踵を返す。 あの2人なら杞憂だろうが。 騒ぎが濃くなる前にと、向かう足取りを速めた。 「お前さァ、いっつもそのニヤニヤしてんの何だよ」 小声で文句を言う人間が居た。一緒に閉じ込められた間抜けな副社長だ。 何でも何も超ウケる。 悪い事をした訳でもなく、こんなきったない畳に正座させられて。そもそもの社会悪にお小言を言われて、ケツは痛いし。 「俺はいつも人生楽しいんで」 「このクソ変態が」 「…だんまりもいい加減にして貰えますかな」 さて現状。2人の対面では、どっかの総書記みたいな頭の男が見下していた。 何度か月定例会で見た覚えがある。枠場の父、ゴマすりの“幸田”だ。 中に通されたぞ。どうする、よし此処はあえて本題は外し…なんて戦略を考えている間。 萱島らはさっさと事務所に追い込まれ、気付いたら出入り口を塞がれ、現在こうして一室で囲まれていた。 展開が思ったより早かった。 「RICが執行部と繋がっているのは承知してます、失敬な輩だ。正面から来るのは想定外でしたが」 「いやそれはこっちも想定外で」 「は?」 「兎に角、一端周りの物を仕舞って頂けますか。揉めて困るのはお互い様でしょう」 微妙だな、と本郷は現状を評価した。 撃つか撃たないか際どい。余裕から察して、RICと関連を敵に回して尚、勝てる見込みがあるのか。 「これはどうも…予想より真っ黒かもしれませんね副社長」 平然と萱島がぼやいた。 何か背後から疫病神だの、詐欺師だの野次が飛んだ気がしたが。 「過半数は寝返ったらしい、オセロの端はもう枠場が持ってる」 「…覚せい剤は立派なビジネスです」 唐突に頭が持論を述べた。インテリ臭いというか、どうも浮いた人間だった。 妙な香水は臭うし。好かれるタイプでは無いな、と萱島はすっかり自分を棚に上げて考えた。 「密造地の出荷価格はキロ単位でも数十万…それが自国に入ると0.3グラムで1万超。勿論需給で値動きはしますが、末端で何百倍にも膨れ上がる。堪りませんね」 まあ確かに、単純に値ざやで言えば美味しすぎる。腕を束ねる萱島を見て、嬉々とした幸田が話を振って来た。 「お宅ならご存知でしょう。先般は黒川さんに断られてしまいましたが、一時期扱っていたとか」 「…俺じゃないですよ、一部がね」 副社長の目つきに思わず弁明した。 しかもウチの場合、火傷して早々に引いたのだ。 「今は何処も小口の取引になってるが、態々零区を足場にするんだ。瀬取りでもやる気ですか」 「零区には既に格安で粉が回ってましてね」 疲れてきたのか。周囲の兵隊は、知らぬ間にやすめの体勢に入っていた。 「価格にして1パケ6千円」 「…1パケ?」 「単位です副社長。ビニール袋の小包1つで1パケ…普通価格は1万円固定で、原価が上がれば中身を減らすんですが」 横から萱島が注釈を加える。因みに1パケは通常0.3グラム、常用者なら2回で使い切る量だった。 「どうせクソみたいな品質なんでしょ」 「多少品質が落ちても、ヤク中からすればまたとない話だ」 何かこんがらがってきた。 その以前からクソ品質を回していた輩が、今回東部へ話を持ち掛けたのか。なら襲撃した新興勢力=クソ品質業者になるが。 「ややこしく言いましたが…黒川氏を襲ったのは、あくまで噛んでるだけの紹介者。低価格商品を売っていたのも、次に我々が提携するのも暴力団でない。覚せい剤の専売組織だ」 専売組織…という語感の怪しさたるや。 それは中国の密輸入業者か。はたまた国内のぶっ飛んだ馬鹿か。 「うむ…要するにチョロチョロ流すのが面倒になって、地元と組んでドカンと起こしたいと」 「ええ」 「…それ地主は大丈夫なんですかね」 萱島の脳裏にブラックホークの悪魔が蘇る。 また彼らの逆鱗に触れたら、クレーターが空くだけでは済まなそうだ。 「必要ならお布施は弾みますよ。それでも釣りが来る」 すっと幸田が手を掲げた。眠そうにしていた連中が、慌てて再びモノを構えた。 口では逃げられない空気だ。両者は悟る。卑しい会話はお終いらしかった。

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