28 / 111
episode.3-7
「永世中立国とは体良く言ったものです。漁夫の利を狙う半端者が…君たちのポリシーは非常に不愉快だ」
オセロ然りチェス然り。白黒付けたがる人間は、何処にでも居るものだ。
本音は其処か。孝心会の根回しにキレたのでない、どうも端からRICに目くじらを立てていた。
「どうせ此処で分からせた所で、お宅の様な軟派者はコロコロ寝返る。そういう手合が脚を引っ張るんです」
ザウアーのマズルが真っ直ぐ本郷を向いた。
照星と照門が綺麗に重なる。額に死を突き付けられ、何を言うかと思えば。
「待った」
当然の静止に、幸田は鼻で笑った。
ただ続いた言葉は、末端も含め想定外だった。
「彼処に居る詐欺師はな、勝手に付いてきて正直雇った覚えもないんだ。先に追い出してくれ」
俺のことか。反応が遅れつつ、萱島は内容に鼻白む。
此処に来て庇うかこの男。
「はっ、場を見られたのではねえ…おいそれと」
「…共謀しませんか組長」
其処へ便乗し、出し抜けに萱島も遮った。生ゴミを見るような目で幸田が発言主を振り返った。
「損はしませんよ。生かして使う術をお伝えしましょう」
「何?」
「…この男はRICの参謀です、弱みを握れば会社を乗っ取ったも同然。銀行の金も使い放題、おまけに彼方此方のお大臣の内部事情まで持ってんだ」
殺すの活かすの天秤にかけてみろ。尻餅をつく。
萱島は眼光を鋭くしたが、幸田の面は冷めたままだ。
「――…私はねえ、嫌いなんですよ」
能面の様な面に2人が閉口した。
「本郷くん、君みたいな潔癖な子。道徳的で、あまりに真っ当で…良い家庭に育ったんでしょう」
私情がいっぱい入って来た。
まあ多少同意する面もあるが。いよいよ人差し指へ力が篭もる。
「しかもそんな綺麗な顔して、下賤な者の事情なんて知る筈がない…腹立たしい、只管に」
いやあ彼もそれなりに苦労している訳で。
萱島が弁護を挟む余地もなく、幸田はカッと目を見開いた。
不味い。
引き抜いたCZを振り被る。
構えが遅過ぎる。奴とは距離が違うにも関わらず。
(間に合わない)
鼓膜の横で直に心臓が喚いた。
背筋が寒い。刹那で照準を合わせつつ、計算した萱島はコマ送りの光景に戦慄した。
(クソっ、また、)
…また?
勝手な既視感に驚く。
またとは何だ、初回は何処だ。
混乱と焦燥に呑まれる。直後、畳の上へ何かが滑り落ちた。
カシャン。銃声でない。
幸田が拳銃を取り落とした、甚く簡素な音で場が止まる。
原因の把握に努め、全員が視線を注いだ。
そして漸く状況を認識し、絶句した。
黙って凍った幸田の首から、凄まじい勢いで鮮血が噴き上げていた。
白い天井を塗りあげ、瞬く間に飽和させ。
壁や天井に跳ね返っては雫となり、そのまま自身の上から雨の如く降り注ぐ。
「……ひっ」
体内の血が、残らず一掃されたのではないかと感じた。
それ程とんでもない量だった。
人間、こんな惨状をつくり出せるのか。
固まっていた一同の目が、軋みながら犯人の方角を向く。
「ありがとう」
この世でない場所を見て。
「俺を愛してくれて」
幸田の懐から奪ったドスを手に、身の毛のよだつ笑みを出す。
彼を見て、全員が強制的に連想するものがあった。
死だ。
目前に居るのはタナトスの概念その物だ。
反撃どころか逃げる考えも奪われ、赤い部屋に佇む。
異様な情景だった。
一連を見送った萱島は、都市伝説の正体に震撼した。
「…スラッシャー」
まさか。最も相反する存在と結び付くのか。
本郷義世。
彼が時価数千万を叩き出す、殺しの芸術家などと。
纏う空気は別人だ。
狂気じみつつ氷の様に冷めた、完全なるサイコパスの様相。
(…誰がクソ変態だと)
微塵も人の事を言えない。
しかしどーやったらアレがこうなるのか。本当に溜め込み型で頭がイカれて、ぷっつんしたのか。
考え込んでいたらこの部屋、余すところ無く血塗れになっていた。グロ映画極まる。
自身は綺麗なままやってくる男を、萱島は無意識に警戒して待ち受けた。
ともだちにシェアしよう!