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episode.3-9

「廊下に出たら右手の非常階段へ。いざとなりゃ飛び降り…」 萱島の眼前、鉄の扉が衝撃に慄いた。 図らず一歩引くや、濁声が耳を劈く。 「…親父ィ!大事ないですか、失礼しますで!」 「おいはよう鍵開けろ!間に合わんぞ」 ガヤガヤ喧しい連中が、もう一枚隔てた外に来ていた。 糞ったれ。いっそ開けさせるか。 先手を取ろうと構えた矢先、視界の端を影が過ぎった。 相模。動作主を解するに一杯で止める間も無い。 見送る萱島の手前、異端者は蝶番をたたっ斬り、長い脚で敵ごとドアを踏み倒した。 「――ぐえっ」 「ほら出るぞ」 構いもせず軽やかに去って行く。 鉄戸に伸し掛かられた敵を後目に、萱島は苦笑いで追従した。 そう、もういい加減物差しをあてがうのは止めよう。 規格内では先は開けない。学習するや手摺へ飛び乗り、先行する相模の道を開いた。 「おい捕まえろ!バラしても構わん、外にやるな!」 塵だの糞だの、これでもかと汚い言葉がマンションの廊下を飛び交った。 実弾も交じるのだから鼻で笑えもしない。 障害だけを排し、一目散に非常階段を目指す。 追跡が息巻いたが、血煙に真っ当な人間は足留めを食らった。 (ここか非常口) 漸く障害物競走の終点が見えた。 防火扉を蹴飛ばし、一転視界が開ける。外壁を伝う非常階段は風が吹き荒れ、両者のジャケットやら髪やらを跳ね上げた。 「…相模先生」 「どした」 5階の踊り場は無人であったが。 地上を見やった萱島は閉口した。駐車場のオープンスペースへ、滅茶苦茶な走行で車が乗り入れて来る。 子供が碁石で遊んでいる様だ。隅から隅まで。ただ乱雑ながら、確実に盤上は埋まり始めていた。 「人だらけだな」 「そんな休日のテーマパークみたいな。仕方ない、面倒ですが左翼から迂回して…」 今日は良く遮られる。 中途で足を止め、萱島はそんな所感に眉根を寄せた。 行く先を煙草の煙が埋めていた。 まさか住人ではあるまい。だが敵にすれば余りに悠長だ。 正体を探り、萱島は慎重に階下を覗き込んだ。 「……」 何と知り合いだった。 手摺に掛け、見返す彼に動きが止まる。 其処には先般調査会社で挨拶を交わした、可愛いげのない高校生が煙を燻らせていた。 「…ふむ、ああ、戸和くん」 名前だけ先に出た。 其処からは頭が回らず、目を瞬く。 「何してんの?」 「迎えに来たんですが良かった。捜す手間が省けました」 嘘つけ明らかに待ち伏せていただろう。 問いたい件はごまんとあったが、場が逼迫していた。 また雑音が増え始め、防火扉の影から銃撃が襲う。 手前やら脇やら。縦横へ抉り抜け、一行は堪らず話もそこそこに階段を駆け出した。 「――お前の親戚か?」 先導として加わった学生に、相模が純粋な疑問を抱く。 そうだ知らないのだった。自分も良くは知らないが。 「ああ…副社長の部下です」 面倒だし、この男の存在は黙っておくか。 未成年で堂々と煙草を吸うガキだ。多少の食い違い程度、放っておいてくれるだろう。 「ところで萱島さん、車は何方に?」 「裏口の生け垣」 「分かりました。案内します」 言うや青年は手摺を蹴り、隣接していた3階建のアパートへ飛び移った。 上から行くか。流石にその地図は頭に無かったが、確かに。 この住宅地なら最短距離を切れるし良手だ。 2人は彼に続き、上空のショートカットを突っ切る。地上は大量の人間が埋めていた。 まるでエキストラを思う。映画の撮影でも始まるのだろうか。 (しかし何時の間に連絡したのやら) 景色から浮いた高校生を見やった。 社長が、それとなく根回しをしたにしても。どうして彼処までピンポイントで待っていたのか。 気味の悪い子供だった。 「…警備か」 屋根を辿り、滞り無く目的地へ近付いていた最中。先導していた彼が俄にブレーキを掛ける。 呟いた通り、確かに裏門近辺にも点在している。車の周囲にも数名。 「今更かもしれませんが、余り無用な死体を増やすのは」 「ほんと今更だよ」 「幸田は異常に執念深い、先の事を考えて穏便に」 「アイツなら死んだぞ」 遮る相模を、怪訝そうに戸和が見詰めた。 いい加減中身の違いに気付いたか。 「…兎に角さっさと帰って下さい。暫く混乱は続くでしょうが、今の均衡状態なら誰も動きが鈍い。貴方方を直ぐ始末しに来る事も無いでしょう」 無表情な青年かと思ったが。 これ以上問題は御免だとばかり、眉を顰めて一歩退く。

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