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episode.4-2
「何、何ですか…何もしてませんよ」
「別に何ぞしよって呼んだ訳や…何したんやお前」
墓穴を掘った。誤魔化してスーツの襟を正すや、生真面目な顔をする。
それで用件を尋ねれば、大城は未だ訝しげながら話を進めた。
「ほうじゃ萱島、お前に注文があってな」
「高いですよ俺は」
「じゃがあしい帝命製薬の茶々あってのタマやぞ。雑用は進んで拾って、信用回復に努めんかい」
べっつに営業許可取得のために加盟しているだけで。アウトローの信用など、苦労してまで欲していない。
「ええか、枠場の総本部長の話によりゃ…今日ヤクの取引先と落ち合う予定なんやと」
「ん…?」
反抗的ながら考え込む。未だ取引を進める体勢ということは、まさか今の喧騒は知らないのか。それ以前に。
「…枠場の頭が死んだ件は知らないんですか?」
「なんせ昨日の今日やしな、枠場も向こうに連絡は入れてへん。零区では四面楚歌の現状、唯一お手手繋いどる相手に縋る気やったんやろ」
何れバレる話なのに。今日予定通り会合したとして、どうするつもりだったのだろう。
若しくは端から孝心会に売って、道連れにする気だったのか。
「じゃあ何ですか、俺に其処に行けってんですか」
「せや。お前の使えるもんなんぞ汚い算盤とチャカぐらいやろ。適材適所仕事せえ」
罵詈雑言を浴びせられ慣れている萱島だが、最近殊更に酷くなってきた。
どいつもこいつも。どうせスナッフに感ける変態監督とでも思っているのだろうが。
「…お前らは真の変態を知らない」
「あん?」
「いえ分かりましたよ、殺せば良いんでしょう。分かりましたよ」
「…本間に殺したらお前、次は東京湾やぞ。ちゃんと聴取できる状態で捕縛せえ。ええな」
適当に頷く。もう面倒くさくなってきた。海賊王になりたい。
其処からは更に場所を変え、ターゲットの詳細と段取りを説明された。
数人部下も持ってって良いらしいが、正直使えそうにない。どうしてもRICの優秀な子供たちと比べ恋しくなった。
「取引先の通称は“三國会”。暴力団でしょうが、代表の男は理事長と名乗っています。今日会合に来るのもこの男かと」
盗撮であろう画像は、雰囲気が二枚目だった。随分と良いスーツを着ている。
「これが黒幕?」
「少なくとも先般黒川組を襲ったのはコイツらです」
「俺が聞いた話では、更にその裏に覚醒剤の“専売組織”が居るって話だ」
「ああ、せや。この理事長様どつき回して、嫌でも吐かしたるわ」
待ち合わせ場所はゲートから橋を隔てた孤島だった。要は零区の外だ。
机上に広げた見取り図へ、上から大城の無骨な手が影を作る。
「枠場の連中は予定通り此処、お前は隠れて奇を衒うから此処」
「へいへい」
イマイチやる気が無い。冷めた萱島に、作戦長は渋面を見せた。
「…お前が撮っとるけったくそ悪いビデオ、あれな。何を考えとんのか知り合いの業者が展開さしてくれ言うて」
「ん?」
急に現金な男がレシーバーを立てた。
俗世の不純物を集めた様な目が、ほんの気持ち色を増す。
「是非オーナーさんとお話を言うたはったけど…どうしょうかなあ、アホ臭いし」
「…まったまたあ、大城先生!」
すっくと座り込んでいた萱島が腰を上げた。
気色悪い、何処から出したのか満面の笑みを貼り付けて。
「俺はねえ、常日頃先生には礼をせねばと…この身を粉にして尽くす覚悟なんざいつだって出来てるんですよ、水臭いなあもう」
水臭いも何も渋っていたのはお前だ。
代わり身の速さと扱いやすさこの上ない。何時迄も小物臭い男に、嘆息して車の鍵を渡した。
「使たら返せよ」
念を押す。過去に車を借りパクした件を思い出し、猫背がぴくりと揺れた。
それから約半刻後。
萱島は早々にゲートの外へ出向き、相手方を出迎える配置を探っていた。
夜なら未だしも、11月の秋晴れは素晴らしい視界だ。ただし遮蔽物は数多で、ゾロゾロ大群を待ち受ける訳でもない。
一瞬で済む話だ。その時は至極簡単に考えていた。
「しかし聞いたことねえな三國会なんざ」
「自分もです。どうもお上の言う“準構”や“共生者”の寄せ集めじゃないかって話も」
「何人で来ると思う?」
「…今日の会合は本来親父しか知らん話で」
はあ、つまり。萱島は増々人員の多さに呆れる。
お忍び単独で来る可能性もあると。
孤島の倉庫街は潮が多く、水質も綺麗でないから空気は淀んでいた。先ず好き好んでは来ない。
(そろそろか)
メイン倉庫の前では、亡き幸田の携帯を持った若頭が立っている。
幸田は生憎体調が悪いからと、先鋒には代理が来る旨を伝えていた。
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