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episode.4-3
割いたのは5人。
接触する若頭。側面の萱島と1人。別々の2階へ2人。
どいつも主張する事には慣れていても、潜伏には向いていない。
隣の若い男など、変な汗を垂らしている。
その状況で15分は経った。
じりじりと内臓が焦げついた。
時刻が午後へ跨いだ頃。
遂に目当てのエンジン音が現れ、現場へと接近し始めた。
(精々下手を踏んでくれるな)
黙ってじっとしてれば良い。
心中で“身内に”牽制をかけながら、萱島は双眼鏡を覗く。
未だ姿が見えない。音はやっと近付いて来た。
(…単騎、普通車、最大4人)
音から知れる範囲で拾い出す。隣の男の心臓まで聞こえそうだ。
萱島とて多少の緊張は覚え、懐の得物へ手を掛けた。
「…?」
直線に入った車体を見て閉口した。
タクシーだ。
零区手前ではあれ、タクシーなど久方振りに見た。
深緑の車体はスピードを緩め、真っ直ぐ若頭の元へとやって来る。さあ此処からだ。
気を抜くまいと全員が身を硬く、待ち構えた。
ところが。
「え…?何処へ…?」
隣の彼が呆然と言った。
タクシーは急に小道を曲がり、入り組んだ内部へ姿を消した。
「…迷ってんのか?」
「いやそんな…寧ろあの車、逆走してますよ」
何だと。
全員の表情が曇った。どういう事だ、待ち伏せがバレたのか。
気配は殺していた筈が、これは不味い展開だった。
「大城先生、どうなさいますか」
『もう構わん!追い掛けて無理やり止めて来い!』
「はあ」
電話口の作戦長が怒鳴った。
しかし本土に渡られたら面倒だ、流石に零区の外でおっ始める勇気は無い。
「おい青年!」
「へ、俺?」
「車出せ!追走して橋を渡る前に接近しろ」
「は…はい」
案の定使えない若いのを運転席に追いやり、直ぐ様アクセルを限界まで踏ませた。
(野郎、隣に獣でも乗せてやがるのか)
気配に感づいたのだとしたら、何と厄介な相手か。
スピードではこちらが勝り、徐々に深緑が視界へチラつき始めた。
再び双眼鏡を覗く。
後部座席には2人。写真の通りの理事長と、その隣は。
「…ッ!」
突然双眼鏡を取り落とした萱島に、部下は身を竦ませた。そんな臆病を叱る気にもなれない。
どくどく喧しい心臓を押さえ、脳裏に焼き付いた視線に汗を滲ませた。
(何だあの男は)
萱島が、現在まで相対した中で。
相模と同程度。否、それよりも。
(冗談じゃないあんな化物)
額に浮いた汗を拭い、笑った。
体内でアドレナリンを求め、暴れ回る病が理性を食らう。
先とは異なる意味で収まらない。
喜色を湛える変態に、可哀想な部下は歯を鳴らしていた。
「…おいもっと急げ青年、俺達に明日は要らないんだ」
そんな訳ない。
しかし臨界点は超えたのか、部下は速度を緩めなかった。
次第に狭まる間隔、萱島は窓からCZを構える。
さあ踊れ。発射された弾丸は見事に後輪を抜き、タクシーは蛇行する。
そうして倉庫街を抜ける寸前、コントロールを失って木造へと突っ込んだ。
「あ、頭でも打ったら…」
派手に壊れた倉庫に青年が慄く。然れどあれだけ脆ければ、寧ろ緩衝材だ。
軽い脳震盪程度だろう。そんな事よりも。
(お前も無事だろう)
迫る車に全身が脈打つ。久方振りだ、こんな有り難い恐怖は。
このまま突っ込むか、一度距離を取るか。
次手を模索していた矢先、タクシーから飛来した弾が運転席を貫いた。
――パリンッ。
フロントガラスが砕け、隣の部下が一瞬で絶命する。
「…糞が」
こんな速攻で。隣からハンドルとブレーキを奪い、どうにかスピードに乗った車体を諌める。
車を停める事には成功したが、部下はもうぴくりとも反応しない。
此処を離れろ。本能が警鐘を発し、萱島は転がる様に車外へ出た。既のところで背後のコンテナへ飛び移る。
直後乗っていた車が火を噴いた。
間も与えず投擲された手榴弾が的中し、エンジン部で炸裂したのだった。
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