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episode.4-4

『おいどうなった!』 灰塵の雨の中、油を消化する煙が穴という穴から五感を詰める。 燃える。 黒と赤の視界、無線の声も混ざって焼ける。 (葬式まで…) 車と共に炎上する部下に、残念ながら近づく術も無い。 即刻の焼却。微塵も容赦無い仕打ちは、敵のシビアな日常を匂わせた。 「車が燃えてやがる…!」 「そっちがその気なら撃つぞテメエ!」 騒ぎに駆けつけた、左右から濁声が飛ぶ。 「…止めろ」 無線に叫ぶ間も無く、掠れた息だけ漏れる。 下手くそなエイムを向けるな。一発でも噛み付けば、あれは。 萱島の憂慮虚しく、味方はタクシーを滅茶苦茶に撃ち始めた。 勘弁しろ。借り物を廃車にした今、せめてお前ら位は無事に返さねばならないのに。 「…ふん、愛しいってこう言う事か変態め」 怒りと悦楽と、言い様の無い蟠りと少しの恐怖。 無関心の真逆であるならば、この感情の塊こそ愛かもしれない。 「なら俺とデートしてくれラビッド・ドッグ…!」 コンテナを蹴り、敵の視界へ降り立った。 堂々と姿を晒した萱島に、思惑通り一切が方向を変えた。 殺気が肌を刺す。相模とは質が違う。 硬質で、洗練されていて、狂気を孕まない純質さ。 (軍人か) 此方からも全貌の見えた猛獣は、M4カービンを携えていた。 三國会まで米兵を雇っていたのか。顔立ちは日本人だが。 短い金髪の下、三白眼と視線が合う。 固唾を飲んだ。 幾つもの死を抱え、全て捨てるでも嘆くでもなく、事実として持ち続ける目。 どれ程悲惨な環境に慣れたら、そんな不屈の色を出せるのか。 「撃て!撃ち続けろ!」 背後の安い絶叫が遠のく。 間違いない。 この男は、現在まで戦場に居たのだ。 地獄と見紛う、醜いエゴに人が人を殺し続ける戦場に。 「おい弾ァ!弾が無えぞォ!」 幸い敵は外野へ興味が薄かった。 先手を取った萱島の攻撃を往なし、M4の銃口は真っ直ぐ此方へ火を噴いた。 「ぐっ…!」 接近を試みた脚元が崩れる。 まったく奇を衒う訳でもない。正攻法のニーリングで真正面から追い詰められる。 これはただの実力差だ。体勢を直すべく跳躍した萱島が息を飲んだ。 (野郎) コンクリートに接触した瞬間、右脚を痛みが切り裂いた。 (着地点に撃ったな) 久方振りの感覚に目が覚める。どうにか背後へ回転して距離を取り、脇の遮蔽物へ身を投げた。 ドラム缶を背に肩で息をした。広言でなく全ての動きを読まれていた。 大腿の裂傷から血が吹く。 此処も直ぐに出なければ、今にまた手榴弾なり散弾なりが飛んで来る。 ところが銃を構えようと手を伸ばして、萱島は違和感に片眉を上げた。 撃ってこない。 残弾を撃ち尽くしたのか、外野はもう引っ込んだにも関わらず。萱島を追い掛けて追撃が来ない。 「……」 仕舞い込んでいた双眼鏡を掴んだ。 覗き込むや、敵は車体から銃を構えたまま微動だにしなかった。 明らかに出方を伺っていた。 正直直ぐにでも殺せるだろうに、何故。 (…示談にでも持って行く気か?) 不気味さに汗が這う。 時間にして数秒だろうが、無限に近かった。こんなに静かな場所だったのか。 動けない膠着状態を割り、よく通る声が届いた。 「…戦友聞こえてるか?今直ぐ武器を捨てて投降しろ、お前の傷は浅くないぞ」 確かに、改めて見れば道路へ点々と痕跡が残っていた。 いつの間にこんなに出血していたのか。 しかし投降とは。 三國会は随分優しい連中なのか、正体の分からぬ敵を捕縛したいのか。 「目的は知らんが、先に負傷者を搬送すべきだ。車の遺体も損壊が激しい」 (負傷者?) そう言えば理事長とドライバーはどうなったのか。伸びているのだとして、雇い主を差し置き妙に悠長な態度が気になった。 デッド・オア・アライブに興味は尽きないが。 未だ死ぬ訳にいかない、結構な部下が露頭に迷うし、社長から先月の契約金も貰ってない。 萱島は素直に2丁のCZを放り出し、両手を掲げて物陰から立ち上がった。

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