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episode.4-5

敵は車体を乗り越え、悠長に地面を踏んでやって来た。 その間に萱島は2階の連中を盗み見る。 幸い視線は捕まり、散れとばかりに手で追い払った。 「よう、先に目的を聞こう」 ゆっくりながら、確実に近付く全容が見える。 身丈はそれほど変わらない。なのに全方位に毫も隙が無く、戦車の如き圧力を放つ。 「…目的も何も分かるだろ、お宅の大将だよ」 「General?」 ひゅっと目が狭まった。瞳孔は無駄に開いたまま。 「本当に?てっきり彼処の男に用事があるのかと思ったが」 「ん、否だからそう…あれ?」 何かこんがらがってきた。痛みに顔を顰めながら、どうにか発言の整理に務める。 つまりこの軍人、無関係らしい。 考えてみれば箱はタクシーだ。 相乗りの客が出会すのも、考えられない訳じゃない。 ただそうなると結構不味い具合だった。手違いでドンパチに巻き込まれたのだから、当人にはとんでもない迷惑だ。 何なら今萱島の腹を捌いて、背後の海へ突き落としても良いくらい。 「ええ、その…どうもキャプテン。初めまして」 「I'm not a captain, a fucking bandit, sir」 「彼処の男を引き渡して貰えばさっさと引き上げますんで…」 「口の利き方もなってねえな」 短い眉が寄る。日本人の癖に薄い目が反射し、完全に刃先の鋭さを帯びていた。 「謝罪のひとつも吐けねえか、甘ったれが」 萱島が待ったを掛ける前に、腹部をドスで突かれた様な衝撃が襲った。 まったく声が出ない。静かに悶絶して蹲るや、視界が白んで滅茶苦茶に霞んできた。 殴られただけでこんなに痛いことがあるか。 いっそ一息に殺してくれた方が幸せだった。 「病院くらい連れてってやるが、其処の遺体はどうすりゃ良い」 「……」 「おい、相棒」 反応が無いから男が覗き込んだ。 然れど、もう失血も相当だった。 顔色も失せ、断末魔も無くその場に昏倒する。 ぴくりとも動かなくなった半死体に、男は仕方なしにM4を肩へ担ぎ直した。 煩わしいが放置する訳にもいかない。その場で応急処置を始め、本日の巻き添え人は大腿を縛る傍らに電話を掛ける。 「――帰ったぞ。もう今頃着く筈だったんだが」 2階の残党がちらちら面を覗かせた。 車内のターゲットに用があるのか、何にしても臆病に殻からは出て来ない。 「それよりこの糞みてえな街は何だ。怪我人が出たら何処に掛けりゃ良い…違う、電話番号を聞いてる」 真昼の青空に黒煙が立ち上るのに。何一つ、野次馬も取り締まりも飛んできやしない。 橋を一つ隔てた所で、隔離された様に孤島は浮かんでいる。 「怪我人が3人と死体が1人。タクシー運転手と相乗りした男、それからヤクザ…」 ふと転がる萱島に目を止めた。 通行証か社員証か、首から下げた紐の先が懐に仕舞われていた。 ドッグタグ宜しく、身元の確認に引抜く。 印字されていた覚えのある社名に、男は先の発言を訂正した。 「…いや、うちの社員」 じっと字面を眺める。その背後にはやがて、雲の狭間から黒いハイエナが躙り寄っていた。 消毒液。 臭いし痛い。この空間は覚えがある。 何処に置いてきたのかしれないが、結構最近の記憶だ。 薄ぼんやり。何時までもボヤは掛かる。 似た状況の再来で、今を理解し出した。 死にかけて手術をされた後だ。 今回もどうやら冥土でない、さて此処は。 (何処だ) ぽん、と目前に淡白な天井が置かれる。 瞬きを繰り返し、突然ショートカットで飛ばされた困惑に埋もれる。 次第に視覚に付随し、身体の機能が目を覚ました。 起き上がろうとして鈍い痛みに呻いた。 「……生きてる」 掌を見詰め、萱島は生の感触を掴んだ。 どっと安堵と同量、妙な疲労感が全身に降る。 そして此処は何処だ。動かないながら、首をどうにか横へ捻った。 危うく叫ぶ所だった。 自分を半殺した金髪が、パイプ椅子に掛けて堂々と新聞を広げていた。 「……」 「起きたな」 目は紙面を追ったまま。つまらない左翼の朝刊を手に、威圧感の塊が言う。 現状をどう解釈して良いやら。途方に暮れる萱島を他所に、一室のドアがノックされた。 お次は誰だ。 過剰に警戒する手前で扉が開く。現れたのはまさか想像もしない。 RICの糞香主こと、神崎社長が立っていた。

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