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episode.4-6

「よう、元気そうじゃないか」 妙に溌剌とした内容を何方に宛てたのか。 混乱を放って金髪が新聞を畳む。 徐ろに立ち上がり、そして握手を交わした。 萱島が面白い顔になった。どういう事態だこれは。 「長く空けたな。収穫はあったのか」 「収穫と言うなら、もう二度と行く気は無くなった」 娯楽に溢れた新聞を放る。掠れた声が、乾ききった砂漠を思わせた。 「…ところでアレは何だ?新人か」 「ああ」 其処でやっと両者の興味が萱島へ移る。 中途半端な体勢を見やり、神崎が至極端的に述べた。 「お前の穴埋めだよ」 その説明に、放ったらかされていた萱島は漸く合点がいった。 この金髪の軍人こそ、海外に飛んでいたという自分の前任…調査員の頭である寝屋川だった。 それと偶然理事長が乗り合わせ、ドンパチやる羽目になったらしい。何という。 呆気にとられる目前、神崎が歩いて来た。言われて見れば覚えのある薄暗さだった。 病院でも無い、会社だ此処は。 「大城にでも頼まれたか?いつもタイミングの悪い奴だな、理事長はお前の上が引き取りに来たぞ」 いつも、という単語に引っ掛かったが。特段追求もせず眉を寄せる。 またウチは余計な謝礼を払う羽目になったのか。 もう出費が嵩んで火の車だ。どうでも良いけれど。 「…じゃあ迷惑も掛けた事だ、さっさと退散します」 「そうか?」 「もうお宅の隊長は帰ってきたんだ、俺は用済みでしょう」 最近全部が面倒になってきた。脚より腹を押さえて言い切る、萱島へ想定外の返答が飛んだ。 「まあ待てよ」 今日も色素の無い目が制止を掛けた。 「お前、他にも報告する件があるだろう」 頭を疑問符が埋めた。さて何の話だ。 数コンマであらゆる記憶を探るが、後ろめたい汗しか出て来ない。 こっそり会社の予算を横領した件か、会社名義で紙を切った件か、それとも不正アクセスで個人情報をパクった件か。 「…一体何の事やらまったく想像が」 「なあんだその面は…この溝鼠。その件も合わせて、だよ。精々謹慎がてら蹲ってろ」 言うや否や腹部を蹴り上げられた。 無言で沈む、萱島は今度こそ激痛から冥土が見えた。 「脚を撃ったんじゃないのか」 「殴ったのは腹だ」 不思議そうな雇用主に寝屋川が正す。 そう言えば起きるまで気に掛けていたのだ。部下と知れば、途端に情の厚さを見せるから。 中東の不穏を纏った男は、退屈そうに幾つもの新聞を読んでは捨て、読んでは捨て。 其処に求める情報は無いというのに。 他国の戦争など時が経てば消え失せるのを、態々確認しているかの様だった。 「…お前に話しておく事がある」 「妙な奴だな改まって」 しかし神崎が口を開く手前、電子音が割り込んだ。 致し方なく携帯に手を伸ばす。2、3受け応えて、相手に目配せするや去って行った。 急用が挟まったらしい。冷えたコンクリートに、寝屋川は5冊目の媒体を放った。 こいつの処遇はどうするんだ。目前で静かに呻くヤクザを見やった。 まあ経験則から言えば、数ヶ月はベッドと同棲だろうが。 「Hey, How silly of you」 萱島は腹を抱えてシーツに突っ込んでいた。「もう殺してくれ」とくぐもった懇願が漏れる。 キャンプの青二才を思い出して呆れた。 「ああいうヒーロー気取りは無しにしろ」 「…誰が脳筋ですって?」 「老婆心から言ってやる、現場の指揮官は絶対に死ぬな」 ずん、と急に戦時の圧が帰って来た。 吐き気がする程の迫が、内蔵へ直接押し掛かる。 この男の言葉の威力、眼光、伺い知れぬ過去。その武器、部下から推察する所属で、萱島は痛みの為でない汗を浮かべた。 「寝屋川隊長、今まで何方に?」 「年寄りの話は長いぞ」 口角が上がる。萱島の考える所、笑う人間は3種類ある。 ハッピーで笑う奴、ツールとして笑う奴、そしてもう一個。何で笑ってるのか分からない奴。 3つ目に出会したら要注意だ。 「それから…社長とはどうやってお知り合いに?」 「勘が良いな、その問いの答えは似てる」 何しろ聞く所によればこの責任者、数年間姿を消していたそうだ。小企業とは言え、何故そんな自由が許されていたのか。 「アイツの弟が居るだろ。早いもんでな、もう4年前になるが…日本に連れ帰ってきたのは俺だ」 萱島の脳裏に無邪気な少年が映った。 あの子供に繋がるのか。流石に予想していなかった。

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