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episode.4-7

「2004年の4月、MEF(海兵遠征軍)へ攻撃命令が出た。トレッスルで米人が惨殺されたからな、報復に動いたは良いが想像以上に沼に嵌りやがった。それで海兵隊が派遣されたのは、イラクで最も反米的な街だった」 ニュースの世界だ。ある日新聞の一面を覆っていた、コンクリート住宅が立ち並ぶ此方にとっての非日常。 「“ファルージャ”、首都からおよそ70km走ったモスク都市に渉が居た。中心にデカいハイウェーが貫き、市は治安ともども南北に分かれてた。アイツが暮らしてたのは、マンハッタンと呼ばれた北の住宅地だ」 地名は誰でも聞き覚えがあった。 最も苛烈を極めた、前政権の支持基盤が住まう街だった。 矢張りこの男、激戦区に投入されていた。 おまけにあの少年は其処の住民だと言う。 俄には消化し難い話を、寝屋川は独特の単調なテンポで並べる。 「その日、AFSOC(空軍特殊作戦部隊)の連中が酷い任務を請け負った。AC130で医療施設を爆撃しろとの命令だ。武力を必死に正当化していた連中も…一体自分が何をしたいのか分からなくなったろうよ。民間人を虐殺しろと言われたからな」 ただの文献情報だが。 当時、ファルージャは政治的に重要視されておらず、上層部の対応は遅れがちだった。 CPAの戦略的フェーズ、タイムラインもまったく不明のまま軍は投入されたそうだ。 「見た範囲で言えば、大半の病院が武装勢力に加担していた。多く匿っていてな。仕方なしにAFSOCは施設を燃やしたが、若い連中の良心は限界だった。命令違反で機体を降ろし、結局中の救助に走ってきた」 「…走ってきた?」 「俺も目の当たりにしたもんだから、先に病院へ突入したのさ。連中と一緒にガキの泣き声へ向かったら、血塗れの女医がそれを抱き抱えていた」 最後の希望へ縋る様に、死に物狂いで覆い隠していた。一行は早急に彼女を搬送したが、必要な器官がごっそり抜けていた。 朦朧としながら女医は絞り出した。 抱えていた息子の事。僅か4歳の少年を、この先も含め生かしてやってくれと。 「彼女はNPOの人間で、現地人で無かった。夫と息子がもう1人居るから、ガキを預けて欲しいと嘆願してきてな。戸籍から探したら、夫は随分前に離婚してた。つまりガキの方の父親は分からずじまいで、日本に住む兄の元へ連れ帰った。それが――」 神崎か。 一連を説明され、萱島が漸く話に追い付く。 ある日いきなり軍人が訪ねてきて、幼児を預かれと言われても困るだろうが。 糞雇用主は納得したのか。あの冷酷非道が。 「アイツはガキの事も、そもそも母親も余り記憶にないらしかった。謝罪も首を傾げられた。返事の代わりに寄越したのが、此処の雇用契約書だ」 “渉は引き取ってやるから、ウチで働かないか” そう言ってのけたらしい。 「帰国したのは俺だけじゃない。命令違反で不名誉除隊になったAFSOCの連中や、嘗ての部下も居た。行き場も無いし贖罪がしたいと、何人かは契約書を受け取った」 「貴方は?」 「俺はやる事があったんでな、籍だけ預けてイラクにとんぼ返りだ」 つまり現在まで中東に戻っていた寝屋川は、殆どRICには関与していない。 ただ調査員がこの会社に嫌気が差せど、寝屋川の名前が鎖になっていた。統率は崩壊しながら、此処に4年間も居残っていた訳が分かった。 (こいつを待っていたのか) 萱島がじっと相手の為人を伺う。 戦力は把握した、しかしそれと求心力とは別の話だ。 「…日本のマフィアは親に付き従うんじゃねえのか」 相対して、さも全部見透かした様に寝屋川が言った。 「そりゃ建前はそうですが…飯が無いんじゃ犬も逃げますよ」 「結局は報酬か。そりゃそうだ、じゃあ戦場における報酬は何だと思う」 口達者な萱島が止まった。 そもそも固定給でモチベーションを保つのが理解出来ないから、難解な質問だった。 任務での成功。達成感。上司がやれるとしたら、賞賛か、昇進か。己の世界観で考えていた萱島に、嘗ての将校は微笑んだ。 「…明日だ、萱島」 口の中が乾いた。今が何処だったか、一瞬失念した。 「次の角を曲がる、仲間のツラを見る、家に帰ってガキを抱き締める、その未来(さき)をやるのが俺の仕事だ」 見据えたまま、男の瞳孔が拡大する。 現在まで部下を連れたとして、そんな考え抱いた例も無かった。 「お前は部下を持つ時、神様にも世紀の大罪人にもなれる」 忘れるな。 お節介にも忠告まで残して踵を返した。 完全に呑まれて背中を見送る。 調査員が彼から離れないのであれば、その報酬を与え続けていたのか。 たった今まで尾を引くほど、過剰な報酬を。 (…何だこの会社) 蓄積した疲労でベッドに沈み込む。 つくづく妙な場所に来てしまった。 マフィアの頭に、螺子の飛んだサイコキラー、ファルージャ帰りの将校と信者。 部下はSF狂いの天才と、唯一マトモそうなサブキャップ、そしてニコチン依存の高校生。 並べると闇が更に深過ぎる。

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