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episode.4-9

「撃たないの?」 不釣り合いに柔和な音が届いた。 喧騒を割って現れた御坂に、一様にセーフティを付けてぴくりとも動かない。 統率していた人間が一歩進み出る。身体を折り畳んで頭を垂れ、直属の上司でもない研究者へ陳謝した。 「滅相も御座いません」 「どうしたの、病院だよ此処」 「…大鷹の指示で処罰に来ておりました、どうぞご理解下さい」 陰鬱とした地下に白衣が靡く。 何時も前触れない。読めもしない所長に対し、一団はただただ地面を向く。 御坂。突然窮地にやって来た上司を、戸和は複雑な面持ちで見やった。 安々と外に出て良い人間じゃない、増して1人で。 「処罰?何に対しての」 「この男は独断で枠場を攻撃しました、結果進行に重大な支障を来した。恐らく派遣先のRICに情でも移ったのでしょうが、その様な私情を持ち込まれては…」 「ああ、じゃあそれ僕が命令したよ」 長台詞をぶった切られた男が瞬く。 じゃあ?その言い草では、たった今の後出しじゃないか。 「大鷹大臣に伝えておきな。申し上げた通り、私は味方にも中立にも居りませんと」 さっと告げるや去ろうとする。それだけか。 たった一言で今までを無駄足にされ、一団はその場で呆けてしまった。 「…御坂所長」 唯一駐車場を離れ、戸和は白衣の背を追い掛けた。 足取りは揺らがぬまま、上司は後目だけ寄越した。 戸和は帝命製薬の人間だ。御坂の意向により、昨年RICに身元を隠して入社した。 肩書こそ監査官と名乗っているものの。その実、この男の駒だった。 「良くやった」 青年が弾かれて面を上げた。 「孝心会が立ち位置を明確にした。組長の死因は隠蔽しようが、徐々に薬の質に疑問が出始めた。もう公に出回る事も無い」 淡々と賞賛を紡いで、一体どんな顔をしているのか。もしや最後のシナリオまで作ってしまったのか。 「御坂」 今度は呼び捨てる。歩みはそのままだ。 「もう研究所を出ろ…国外でも続けられるだろ」 「ああいいね、ペンシルベニアの知り合いの農村にでも住もうかな。君の研究を続けるくらいの余生は…」 「俺の事はもういい」 断言する青年に、遂に御坂の脚が止まった。 「本来の目的を見失うな、これ以上助けは必要無い」 大人びた。未だ17歳とは言え、出会った当初より随分と言葉に重みが増した。 青年を背後に、御坂は目前の奇跡に思いを馳せた。 「寂しい事を言うね」 「一度救われた、それで十分だ」 頑なな所は相変わらず。しかしその裏側に、何時も本音からの優しさが貼り付いている。 「…君は終わらない病を抱えて、それでも救いだと言ってくれるか」 そして今日まで聞きかねていた問いを投げた。白衣の背へ、只管に真っ直ぐな視線が突き刺さる。 「勿論」 寸分も迷いない。その答えを、諸手を挙げて喜ぶには余りにも。 いっそ恨んでくれれば良かった、そんな捻くれた感傷にすら焼かれ、彼を振り返る事なく歩き出した。 「Sir」 次々と握手の手が伸びる。見慣れた顔ぶれが並んで、戦場を離れたあの日以来視線を交わす。 寝屋川は神崎を待たず、調査員の下に帰っていた。 幾つか年を重ねた嘗ての子どもが、瞬きもなく上官を見詰めていた。 「良くぞご無事でした、4年間ずっとお待ち申し上げておりました」 「長く不在にして悪かった。今日からまた宜しく頼む」 「有難う御座います大尉、どんな命令でもお受けします」 ジョランの手前で散り散りにされ、凄まじい攻防後の再会を思い出した。全員記憶とは違う顔で、お互いの生を確かめ合う。 重い空気だった。 沈黙を越え、どうにか嘗ての先任曹長が口を開いた。 「…イラクはどうでしたか」 帰還の幸福から一転、緊張に乾く。 寝屋川は鞄を探り、彼の手に幾つか物を握らせた。 「クリステンソンの時計と、バースの認識票だ。遺族の送り先は分かるか」 「サー、遺体は」 肩を割り、若い青年が必死に首を伸ばしていた。 「遺体は見つかりましたか」 その青い瞳と視線がかち合う。4年越しの戦場を見ていた。 民間人に引きずられて行く死体を前に、この瞳へ撤退命令を出した。 「いいや」 彼の目が見る見る干からびる。砂に吹かれて、モノクロに枯れていった。 「では…俺は親友を、彼処に捨てて行ったのですか」 「お前じゃない、俺の判断だ」 手脚を縄で結ばれ、火にかけられる姿を置いてヘリは飛んだ。次々と死体へ民間人が群がり、完全にソマリアの悲劇の再来だった。 「アイツらに…アイツらにドクを引き渡しちまった」 顔面を多い、悲痛な声を絞る。あれから毎夜魘されていた。 この青年だけでない、殆ど全員がPTSDに呻きながら、寝屋川と遺体の帰りを待っていた。

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