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episode.5-5

「それから千葉、てめえもだ」 「…何?俺?」 思わぬ矛先が来て顔を顰める。急にちゃらんぽらんな形を引っ込めて年上然とするものだから、つい腰が引ける。 「別に学校が全てなんざ言わねえが、お前らが例えば宇宙飛行士を目指したとして…」 「目指さねえよ」 「例えだばっきゃろう。いいか要は…学歴がなきゃ絶望的にお天道は暗いんだよ、考えてみな?あの糞雇用主が間違えたら、明日にでも干からびる会社だぜ」 食い扶持が無くなるのは確かに困る。八嶋本人とて内心、大学を蹴ったのを渋く恨んでいるのだろう。 「それに世界は此処だけじゃない」 ぽつり。低く零されてから、ちょっと肩の重みが増した。牧は言い難い目で、育ての親代わりをじっと見ている。 「外を勉強して、それでやっぱり帰ってきたとしても良い。別に気負わなくても、やりたい事分かんなくても良いから」 そういやこいつ、ちょっと目つき悪いよな。覗き込まれて場外に気を逸らしながら、何故か2人の少年は心臓を跳ねさせていた。 「友達つくって、いっぱい遊んで来い」 多分、それが現在まで喉を絞めていた本音だ。 何年も越して、初めて知った顔に牧は通帳を握り締めていた。 何だそれじゃあ、ずっと気に病んでいたのか。現在まで自分に頼るフリしてこの大人達は、こんな馬鹿真面目に金を積み立てて。 引き結んでいた牧の唇が緩む。 何度か開閉して、やっとその場に音を添えた。 「…えーっと…あのさ」 四方八方から視線が突き刺さる。居心地の悪さは禁じ得ず、それでも相手を見返した。 「やっぱそれ…行かないってダメ?」 「へっ」 完全に八嶋が間の抜けた面になる。ああ、それも初めて見た。 脳筋などと言われようが本当は地頭が良い故、いつも斜めに構えていたのだこの男は。 「いや、俺もその、最近考えてたんだけどさ。俺が迷ってたのは2つあって」 「…うん」 「1個目のやりたいことは、正直別に何処にいても出来るんだよね。まあ…もうちょい時間の融通くれたらな」 そういや態々学校で学ばずとも、文面から取れるのだ。高卒資格も今ですんなり大丈夫だろう。 「…でもお前らとは、此処じゃなきゃ一緒に居られないじゃんか」 天秤に掛けていたもう片方を知って、周囲の大人は静かになった。何てこいつは恥ずかしい発言を、こんな憚りもなく。 「そりゃ…論理的だな」 秒針にして半周も空いた。 ぽりぽりと顎を掻きながら、ついむず痒さを八嶋が零した。策を練った所で、打算の無い人間には勝てる訳が無かった。 「だろ。俺、やっぱお前らと居たいわ」 妙に吹っ切れた体で、牧が耐え切れない笑いを漏らす。 「居たいから居んだよ」 詰まらない懸念を叱り窘めながら、拍子抜けするほど潔く、何時かの子どもが積もる蟠りを蹴飛ばす。 光源に眩んだ、八嶋はそれでも分かり易く微笑を湛えていた。 そうか、お前はずっと端から自分で人生を決めてたんだな。 背を伸ばし立ち上がる。大きな手が牧の肩を掠め、離れた。その刹那。 ほんの吐息で紡がれた、些少な礼へ牧の体内を真新しい風が通り過ぎていた。 「…よし、取り敢えず酒出せ酒!」 「無えよ」 「阿呆か」 また周囲の呆れを吸い取りながら去って行く。八嶋の背に、牧が弾かれた様に面を上げた。 「あ、いや…これ」 「持ってろよ牧、明後日には気が変わるかもしれないんだから」 隣の少年に制止され振り向いた。ずっと静観していた千葉は、後頭部に手を組んで甚く冷静だった。 「…そういやお前は?学校どうすんの?」 「俺は最初から行く気ねえよ、別に今更学びたい事もないし」 よっぽどブレない物言いに二の句が失せる。再び盛り上がる外野を見やって、千葉は今日もニヒルに口端を釣り上げた。 「まあ良いんじゃねえの今くらい…あ、そうだ牧。写真撮ってやるよ」 「え」 「良いから、俺カメラ持ってんだ。ほれ向こう並べ」 ぐいぐい肩を押しやられ、良いように輪の真ん中へ突っ込まれた。何だなんだと野次馬が根源を伺う。 千葉は鞄から抜いたカメラを手に、楽しげに被写体を煽った。意を介した一同が列を成す。 自然フロントへ追いやられ、主役は転がる様に八嶋の隣へ躍り出た。 「おい、あっち見な牧」 強引な腕はいつもの事。騒ぎ立てる周囲も。 なのに原因も分からず、初めて包む熱に気付いた心地でぼうっとした。 「笑えよ」 見慣れた笑顔が迫る。手が頭に触れる。 カメラのレンズに、当たり前の日常が嵌っていた。 その時知った。感情は4つで無いのだ。 何ら変哲ない光景が突然胸につかえ、綻んだ片目から溢れ出していた。

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