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episode.5-6

それから2年と少し経ち、RICは都内のニュータウン「零区」へ移転した。 顔ぶれこそ同じだが、取り巻く環境は有為転変に流れた。 副社長は重症で入院し、近所では銃の小競り合いが常習化。おまけに便も悪ければ、変な遺体回収業者までお天道を彷徨く。 「残念ながら、順調にアンダーグラウンドに泳いでるな」 窓もない。地下に本部を沈めたから、昼夜も不明な状態だった。 ただし仕事は軌道に乗っていた。上向きに利益は増えるばかりで、確かに一端の成功者となっていた。 「副社長は未だ出れないって?」 「まー…生きてたのが不思議なレベルだったし、当分無理だろうよ」 佐瀬が千葉を避け、明後日に煙を吐く。 休憩所で2人、上の話をしていた。今日は八嶋も出張から戻り、久々に全員が会するというのに。 「俺も今月までだから、最後に挨拶したかったんだけどさ」 千葉は目を上げ、末に実家に帰る男を見やった。渉が馬鹿みたいにむくれて泣いていたな。 それでも先週は不機嫌のまま、一緒に誕生日プレゼントを買いに行った。赤いラッピングの限定CDは、未だ渉の家にある。 「でもお前より先に辞めるとは思わなんだな」 「…どういう意味だよ」 今は佐瀬と同じ高さにある。目くじらを立てる青年に、先輩は仰々しく肩を竦めた。 「いーやあん時のお前ったら無いね、世間舐めきった面で斜に構えて。牧が居なきゃ社長級のクソ野郎に育ってたな」 「あんだとコラ」 「あー、ここに居た!」 高い音程が遮った。 2人が振り向くや、見る度大きくなる子どもが走ってきた。 「お昼買いに行きたいから、ついてきて」 シャツの袖口をぐいぐい引っ張る、すっかり流暢な言葉に目を細め、千葉は少年に流されるまま追従した。 「渉、今日は外大雨だぞ」 「ええ…そうなの」 「給湯室に冷食ならあるけど」 「…んじゃあそれにする」 ほんのきもち語尾が落ち込む。 今朝から秋の長雨が降り続いていた。地上では、此処よりも暗い曇天が街を食っている。 気を向ければ、薄っすら雷の音すら外壁を震わせる。この時期には実に稀有な天候だった。 外気に呼応して、心なしか本部もしんとしている。冷凍庫を漁る渉を後目に、千葉はポットの湯を沸かした。 もう熱い物が恋しい季節だ。 渉の分も並べてやって、手近の椅子に腰を据えた。 「千葉、これチンする」 「…ん」 下手くそに、パスタの変な所からフィルムを引っ張っている。それでも何とか自力で開けたので、千葉は少年をレンジに届く高さまで抱え上げた。 「あー…」 「4分な。皿は向こうにあるの取ってきな」 地面に下ろすや走っていく。未だ小さい背を見送る後ろで、やけに雷鳴が五月蝿くなってきた。 (こんなに響くもんかね) 妙に気分が悪い。何だこの仄暗さ。 真ん前の照明が、今にも事切れそうにチカチカと瞬いている。 「…」 特に兆候があった訳でもない。けれど千葉は手近のラップトップを引き寄せ、矢継ぎ早にエントランスのカメラに繋げ始めた。 画面に幾つも窓が開く。 全てに荒い砂嵐が舞い、待てども望んだ映像が入らない。 (…監視カメラが狂ってる) 全部。何故。いつから。 理解が追い付かぬまま、体内をやんごとない悪寒が突き抜けた。 さっきから地面を伝う音は何だ。天候じゃない、冷静に聞けば車のエンジンかこれは。 「――…わ、」 吹き出す汗と同時、咄嗟に隣に消えた少年を呼んだ。 「渉」 戻ってこい。追い掛けようとして、片脚を踏み出した。 最悪の嚆矢を悟っていた。 真っ青な面の千葉の手がドアへと伸びる。 指先がノブを掴む目前、凄まじい轟音と共に壁面が粉微塵に吹き飛んだ。 骨が嫌な音で軋んだ。己の声だけくぐもる、背景が聞こえない。目が、光すら何も見えない。 対岸の鉄筋まで打ち付けられ、地面に転がる千葉は懸命に息をした。 耐え難い火薬臭と、口内まで纏わり付く灰塵。目を開けることすらままならず、呆然と胸を上下させる。 『――…い誰か!応答しろ!…何があった…!』 数コンマ流れて、やっと耳元の無線が入って来た。小指からぴくりと震える。 そうだ、渉。 耳を劈く声に戻され、千葉は泥の様な身体を跳ね起こした。

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