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episode.5-8

「もう来るぞ、迷ってるなら出て行け」 「…分かったよ」 千葉の肩を押しやり、進み出た佐瀬が眉を寄せた。 「元はお前が助けた命だ、勝手に使う気も無いさ」 何時の間にか。彼に追従し、誰もが武器を手に八嶋の進路へ構える。 揃った士気を目の当たりに、渉を抱えた千葉は蚊帳の外で二の句を噛んだ。 結局はそうなんだな。 例え背水の陣だろうが、身内を護る事に異議を唱える筈も無い。 生来の癖で、1人枠から外れて顛末を見定めていた。 思い返して、その時自分が待ったを掛けていれば結末は違ったろうか。 何時だって後悔だ。人は神様で無いから、振り返れば何度だって。 「行きな」 八嶋の視線を受けると同時、千葉は退路へ走り出していた。 シャッターが弾け飛んだのち、背後は銃声が埋め尽くした。 なあ牧。 地下へと沈む手前、誰かの呻き声が届く。 俺は正直、現場を離れたから何とも言えないんだ。 お前が目にした光景も今に至る経緯も、簡素なお前の言葉を汲んだだけ。 八嶋はその時、お前だって逃がそうとしたんだろうよ。 でもお前が頑なに動かないのを知ってて、致し方なく其処に許したんだろう。 「――援護しろ!瀬良ァ、起きろォ…!」 劈く怒声も喧騒も、梯子を降りるにつれて収束する。 やがて閉ざされた静寂が包んだ。天地も危うい暗闇の中、千葉は渉を抱えてやっと底へ着地した。 (…大通りは) 方位と路面図を照らし合わせる。 追手を警戒しながら急ぎ、腕の中の少年へ懸命に呼び掛けた。 「しっかりしろ渉」 お前と、お前の居場所は大丈夫だから。明日になったら冷食じゃなくて、皆で美味しい定食でも食べに行こう。 千葉はその後下水道を抜け、大通りからP2へ渉を搬送した。 そして直ぐ様踵を返し、自分の負傷も忘れて本部へと駆け戻った。 既に脱出から30分は経っていた。心臓は喧しいが、無用な懸念は止め只管に来た道を引き返す。 長い梯子を登り、閉じられた床板をこじ開ける。 隙間から煤が流れ落ち思わず咳き込んだ。 異臭と煙に塗れた空間で面を上げた、千葉が目にしたのは焼け爛れて黒変したメインルームだった。 「――良いから手の空いた輩は全員処置に回れ!」 「何だ、どうしてP2に繋がらない!?」 広い空間は怒号で溢れ返っていた。 その場に縫い留められた千葉の四方、切羽詰まった口調が頭上を弾の様に飛び交う。 (爆発したのか) 呆然と目を見開き、降り立った世界で竦んだ。 天井から壁から見る影もない。 ただの地獄と化したメインルームで、そこかしこに焼けた身体が転がっていた。 「…お、い」 声が出ない。 あれはまさか、全員。 もう息があるかも疑わしい、燃え殻みたいに無造作に落ちている。 「い、生きてるんだよな」 千葉の動揺を、対岸の調査員が代弁した。 注視すれば動き回っているのは皆実働隊だ。 信じたくもない。千葉の同僚は、誰一人意識もなく重症で投げ出されていた。 状況を聞ける人間すら居らず、途方に暮れ惨状を映し続ける。 色のない視界、何かが中心で喚いていた。 真っ黒い身体に跨がり、必死の形相で呼び掛ける。 「――、牧」 青年の正体を知った千葉に、やっと安堵が落ちてきた。 牧、お前。無事だったのか。 踏み出し、手を伸ばす。 目前で立ち上がった親友は此方にも気付かず、喉を潰す勢いで泣き叫んでいた。 「どうして俺を庇ったんだ、頼んでもいないのにふざけやがって」 掴みかからんばかりの彼を、背後から調査員が取り押さえた。 良く見れば青年自身、かなりの裂傷から血を垂れ流していた。 「何で、何で電話が繋がらない、早く呼べ…!」 サーヴァントのヘリが直に来る。周囲がそう諌めようが、牧は現状から藻掻きだそうと躍起だった。 「早く、早くしてくれ…八嶋が、八嶋が。皆が死んじまう」 彼が今まで乗り上げていたのは八嶋だったのか。目を覆う様な容態で、窮地になっても牧を庇いきったらしかった。 「今なら未だ間に合うんだ、は、早く…早く」 「おい牧落ち着け!お前も手当しねえと…」 「……よう、千葉」 突然語調が落ち着いた。 漸く千葉に気付いたらしい。生気の抜け落ちた真っ青な面が、じっと縋りつく様に此方を見ていた。

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