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episode.6-2

「ねー、何で今日急に連れて来てくれたの?」 「お前は何で其処まで来たがってたんだ」 質問に質問を被せられた。 別に病院に良い思い出も糞も無いだろう、当然の疑問に渉は小首を傾げた。 「だってここ、戸和と会ったとこだよ」 仰る通り。件の高校生と接触し、RICへ入る契機となったのはこの病院だった。 入院して程なく、渉は妙な輩に拐われかけた。其処へ異変を察した戸和が駆け付け、ヒーローの如く少年を救い出したのだ。 「俺が入院してる間、毎日じゃないけど遊んでくれた。今もそうだよ、すげー良いやつ。中庭にこっそりブランコ付けてくれたの、今もあったのびっくりした。きっと誰かが使ってんのかな」 普段にも増して饒舌だった。あの日メインルームから閉め出された渉にとって、彼が唯一の理解者だったのかもしれない。 「あとお菓子もいっぱいくれる、昨日もシュークリーム買ってきてくれたんだ」 「…ふうん」 破顔する弟の頭を掻き混ぜ、さっさと退館手続きを済ませる。 神崎は本当の差出人を知っていながら、結局少年へ教える事はしなかった。 ただ一つ、この先も礼を忘れないよう忠告しただけで。 さて同じ頃、孝心会本家ではいい大人が全員眉間に皺を寄せていた。 「――本当に、組長の件は申し訳なかった…この通り!」 白髪混じりが一斉に地面を向く。 総本部長、若頭、顧問やら。おまけに隣の大城まで揃って頭を下げる羽目になったので、傍観していた萱島は気分良さそうにほくそ笑んだ。 「信じてくれ、方針に変更はない。親父はもう一線を退いた身で、シャブは唯一の娯楽…止めさせられんかったのは勿論ワシらの落ち度ですが、執行部が黒い訳じゃねえんです…この通り」 孝心会の組長が急死した。 そして死因はなんと、薬物による中毒症状だった。 先般薬物排除を謳い、裏切り者制裁を打ち出した直後の出来事である。 結局お山の大将がハマっていた訳だ。彼らはそれを兼ねてからの悪癖だと、現在必死に弁明していた。 「信用出来んならガサ入れでも何でも、出せるもんは全部出しますよって」 謝罪の先には本郷が突っ立っていた。 ちらり、横目を隣の萱島へ走らせる。 肩を竦める。多分考えていることは同じだが、執行部が態々死因をカミングアウトしてきた理由はひとつ。 大城が電話で懇願した通り、何としても薬の流通元を究明しろという事だ。 後ろめたい部分を明かしてまで、捜査への本腰をアピールしたいらしかった。 「決め事に背いてシャブやっとろうが、至らなかろうが親は親。此処で胡座かいたら不義どころか…」 「ちょっと…ちょっと待った」 やっと本郷が制止を挟んだ。 非を認めておきながら、攻撃力満載の目が一斉にそちらを向いた。 「死因は覚せい剤の中毒症状なんでしょう。端から毒と知っていたもの、売り手に噛み付くのは筋違いでは」 「いいや其処ですわ本郷先生」 待ってましたとばかりに話を繋ぎ出す。 何だコイツら。いつも回りくどいな。 経済的な商人2人は眉を寄せつつ、仕方なく年寄りの続きを待った。 「親父の容態が悪化しよったんは、零区の売人が流した粗悪品が原因でね」 (…やっぱり粗悪品だったのかよ) 「野郎、カサ増しに変なもん混ぜたんじゃないかと」 「はあ」 「先生…親父だけじゃのうて、おんなじ症状出しとる人間が頻出しとるって話ですわ」 見かねた大城が客観的な注釈をくれた。 「揃いも揃って、みんな気ィ狂った様に暴れよるんです」 「暴れる…?」 「なんや獣みたいにね。親父も逝く前、病室で暴れ狂ってえらい騒ぎでしたわ」 そりゃあ難儀な事だ。 確かに依存症の人間は急にブチ切れたり、血流まで環境音に聞こえてパニクったり、手脚を強烈に掻いたりはするけれども。 暴れまわって、且つおっ死ぬなど。萱島とて耳にした例が無かった。 「実はP2の精神科とは別に、依存患者の収容所がおましてな」 それも初耳だった。言われてみれば最近、街を彷徨くジャンキーを見なくなった。 死滅したものとばかり思っていたが。 「まあいっぺん自分の目で確認したって下さいや」 間髪入れず大城が何かを放った。本郷が受け止め、開いた掌には仰々しい鍵が収まっている。 「だとよ、車出してくれ萱島」 「くそう…脚が、脚が疼きやがる。昨日撃たれた脚が」 「大丈夫か?ちゃんとアクセル踏める様に固定してやるから」 「…アンタやっぱり社長の友人だよ」 斜め下に吐き捨てた。結局5分後、2人は薬物患者の強制収容所“アルカナ”へと車を走らせていた。

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