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episode.6-4

異様な空間へ踏み出す。患者は偏に、とても患者とは言い難い扱いだった。 視界を巨大なゴーグルで覆われ、両手は手錠でベッドへ縛りつけられている。五感も意識も怪しい連中は、声も無く涎を垂らして天井を見ていた。 「あれは…生きてるので?」 「未だそうですねえ。多分。あの目元の機械で、何でも沈静化作用のある映像を流してるらしく…大人しいでしょうほら」 「そうですねえ」 大人しいというより植物状態に等しかった。稀にぴくぴくと痙攣した様に四肢が動く。 「…そんなに暴れ回るんですか?四六時中拘束が必要なほど?」 「最初なんて甘く見てたもんだから、死人が出ちゃって。狂犬病の類いじゃないんですかね。興奮して殺しにかかるんですよ」 すっかり脳まで食われている訳だ。 聞けば常用者でない連中も居るらしく、確かにけったいな混ぜ物が入っているのだろう。 それとも新種の麻薬だろうか。考えを巡らせている間も、お喋りな男はつらつら台詞を繋いでいた。 「物も壊すから、殺意というより破壊衝動じゃないかなあ。手脚を縛ったら、今度は別な代替品を求め出しまして。例えば酒とか、煙草とか…」 ぼんやり流し聞いていた2人が目を上げた。 何処かで聞いたことがあるじゃないか、ある日急に尋常でない乾きに襲われ、破壊に走り始めた例。 「ああ、変わった輩には…突然金銭に執着し出した患者も居ましたね。ほんと異常なくらい」 口の中が妙に乾いてくる。何か言おうとした萱島は、結局まとまらず飲み込んでしまった。 本郷が先とは違う目で男を睨めつけている。 「…すみませんがその話」 もう少し詳しく。 請おうとした所で、ぷっつりと一帯を照らしていた灯りが切れた。 俄に暗がりと化した場に、三者ともぱちぱちと瞬きを繰り返す。 「て…停電?」 呆然と白衣の男は呟いた。BGMも途切れ、殊更に静かな空間へ青白い顔が浮かぶ。 「まあ、良い天気でしたからね」 「非常用電源は?」 「…な…無いんです」 あんなに楽しげだったのに。突然男は慄いた面で後ずさり、汚い歯を鳴らして怯えていた。 暗所恐怖症の気でもあるのか、首を傾げる両者を放って、彼は後ろ手にドアノブを弄り始めた。 「不味い…不味いぞ電気が切れた時の話なんて聞いてない…俺は何も知らんのに…」 「あの、どうされました?」 「え、ああ…何でも無いです…見学はどうぞごゆっくり、自分は先に失礼しますんで」 言うや否や、男はドアの隙間から身体を滑らせ、一目散にロビーへと逃げ帰っていった。向かった先で、彼方此方へぶつかり物が破損する。 尋常でない慌てぶりだ。 捨て置かれた2人は顔を見合わせ、鳴り出した非常ベルに耳を塞いだ。 「…つまり?」 「電気が切れたらゴーグルの映像も止まるって事だろ」 「ああ」 ベッドに固定された患者を見やる。血管の浮いた四肢が、絶え間なくビクビク痙攣し始めた。 ガチャン。一方で金属の吹っ飛ぶ音がして、両者が一緒くたに視線を移した。 手錠を破壊した人間が、喘鳴しながらゆらゆらと立ち上がっている。 凄まじい筋力だ。赤く皮膚は抉れているが、全く意に介さず彼らは一点を見詰めている。 「……」 ふと見渡せばその隣、奥、あちらこちらで化物が目を覚ましていた。恐らく理性なんてとうの昔に溶けているのだろう、生きる屍を前にゲストは凍りついた。 「…おお」 「うーん…なんつー夢だ。多重債務者を心中に追い込んだ時すら、こんな糞みてえなブツは見なかった」 「未だ生きてるんだよな?アレ、お前また無闇に殺すなよ」 「どう考えても死んでますよ。試しに撃ちましょうか」 本郷が止める隙も無く、萱島は手近の1人へ愛銃をぶっ放した。 軽く脳天に穴が空き、声もなく縺れてその場に昏倒した。 「ほうら死んでやがる…」 「お前が殺したんだろ。ふざけんな、仮に上の人間なら財産叩いても足りねえぞ」 「何ィ?金だけは一銭も払いませんよ俺は!」 其処だけ必死に言い返すな。 支離滅裂な萱島を放り、本郷は退避すべくドアノブへ手を掛けた。 ところが押せども引けども微動だにしない。 あの野郎、ロビーのパソコンからロックをかけたな。 舌打ちをすれど、現状がどうなる訳でもない。 「まあ落ち着いて下さい本郷先生、打開策ならありますよ」 「…なるだけ平和に言ってみろ。お前は結局脳筋だから」 お小言を言おうとした。 けれど全部を揃える前に、萱島によって渦中へと突き飛ばされた。 “打開策”とは。 文句を挟む暇も無い。本郷はパニック映画の中心で、瞬く間に殴りかかる患者に取り囲まれていた。

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