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episode.6-6
衝撃波が肌を掠った。
空気を裂き、飛来物は対岸の壁へめり込んだ。
驚愕しつつも注視すれば、軌跡を一本のワイヤーが貫いている。
何者かが外から放ったのか。
反射的にワイヤーの先を振り返るや、突然割れた罅から硝子を蹴破り、人間が窓を粉々にして突っ込んで来た。
――ファンタスティック・スタント。
口を開けっ広げる。
視界に無数の破片が舞い踊る中、彼は衝撃を殺して見事な着地を見せた。
くすんだ金髪に素性を知り、一言物申そうとする。然れどそれを遮り、掠れた砂漠の声が場を制した。
「伏せな」
言うや担いでいた携行対戦車弾を構え、彼は破裂寸前の壁へASTをぶっ放した。
爆風が劈く。建物から敵から、万物が衝撃に食われ吹っ飛ぶ。
此処は紛争地帯か。
萱島は訳も分からぬまま穴の開く一帯を見守り、煙が抜ける頃になって、やっと侵入者へ歪な面持ちを向けた。
「…何てこった」
様変わりした室内で、窓から突入した男が立ち上がった。目的は知れないが有り難い、最強の派遣隊長のお出ましだった。
「5回は掛けたぞ、何故電話に出ない」
未だ火薬の匂いが充満する中、AT4を放る寝屋川の追求に止まる。
自分の携帯が震えた憶えはない故、つい窓際の同行者を振り返った。
「電話…?」
すると不釣り合いに気怠い声が飛ぶ。寝屋川は早くも様子の可笑しな相手を訝しんだか、片眉を跳ね上げた。
なんせ本郷の周囲、明らかに彼が散らかした残骸が犇めいている。
天井まで体液をスプラッシュした有様で、更に当人は平然と、反応も薄く傍観しているのだから。
「何があった。まさかこの惨状はお前の仕業じゃあるまいな」
「誰だって人を殺したい時ぐらいあるだろ」
「…どうしたんだアイツは」
「そんな事俺に聞かれましても」
萱島が口を尖らせた。繕いも説明もこっちに求めないで頂きたい。
「寝屋川隊長、それより一体何用で」
「確認したい事がある。俺がこの街に来て、一番初めに引っ掛かった件について」
はて、彼が踏み入れたシーンとしては、自分と出会したあの現場になるが。
「外壁に入り口を作ろうと思ったが止めて正解だ。こいつらは外に出すなよ」
辛うじて息のある残骸が、爆心地から逃げようと蠢いていた。生き返る訳ではない。急所に当たれば死ぬ。異常ではあるが人間だ、少なくとも肉体に関しては。
「ふん…それで?貴方が確認したい件は何処に」
「待てば来るが条件がある」
M4に持ち替えた寝屋川が、苦しみ藻掻く1人を撃ち抜いた。
「一旦、此処の全員を無力化する」
「…殺るってんですか?」
顔色の悪い萱島の頭上、チカチカと蛍光灯が息を吹き返した。
見上げるや端から次々と院内に灯りが戻る。
このタイミングで電気が復旧したらしい。たかが灯りなれど、文字通り一筋の希望が差した。
「お前はフロント横の制御室で遠隔管理してるパソコンを捜せ。映像が再開出来れば殺らずとも済む」
「えっ、いやあ機械はあんまり…」
「ウチの顧客データベースに侵入できるのに?さっさと行けサイバー・スラッカー」
誰が給料泥棒だ、一応仕事はしてるぞ。
学習から諸々の文句は引っ込め、見えない死角で歯ぎしりをする。
「お前はどうする、無理に居ろとは言わねえが」
「ん?」
焼け道を進む手前、今度は様子の可笑しな男へ問うた。
何かこの状況で、別な事を考えている風だった。じろじろ無遠慮に寝屋川を観察して何を吐くかと思えば。
「…何だっけお前の名前」
まさかその件を今まで悩んでいたのか。
「兎に角それ以上近付かないでくれ、情愛はどうしたって加減が利かねえんだ」
「何を言ってる?」
「何なんて疑うなよ、等しく想ってやってるのに」
「……」
傍から見ている萱島は愉快だったが。
見事に噛み合わないサイコパスに、寝屋川の方が早々に会話を止めてしまった。
そうこうしている間にも遠くで扉が吹き飛ぶ。
CPUの蝕まれた暴君は憤り、穴から雪崩れる様に敵を求めて湧き出した。
(120人?本当に?)
まるで巣を崩された蟻だ。次から次へ、目で追うのも困難な量が部屋からまろび出てくる。
時折人らしく、苦しげに頭を抱える輩も居たが。
大概が白目を剥き、衝動だけで此方の方面へ突っ込んで来た。
「あのガバガバ野郎…鯖読みやがって」
前方で寝屋川の眼の色が変わった。
感知した萱島が固唾を飲む。
獣の如く殺気立ちながら、彼の凍てついた理性は次々と盤に駒を並べ立て始めていた。
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