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episode.6-7

「…Keep back」 取り巻く諸々の空気が冷える。慧眼は何を見ているのか、一閃するや即断で天井を打ち抜き、彼らの頭上を瓦解させた。 敵の先鋒が押し潰され、コンクリートの灰塵を巻き上げる。 轟音。相模ですら意表を突かれた面で、重なる瓦礫から一歩退いた。 「Hey, Ricker! We'll set C-4 along phase line Alpha on this side of the room...(リッカー、あの部屋の手前に第一防衛戦を張り、C-4を仕掛け…)」 常より妙に張りのある命令が飛ぶ。然れど背後を向くや、ぽかんと口を広げた萱島と目が合った。 「…forget it」 「…ソーリー、サー…分かりましたよ、さっさと制御室に向かえば宜しいか」 「そうしてくれ」 一寸戦場に飛びかけていた英雄は、乾いた声で部下を追いやった。 確かに無理もない、凡そ祖国の日常とは思い難い光景だ。 (化物2体入りまーす…) その混沌を軽く凌駕する人間を見やり、萱島は踵を返して走り出す。 見方になるや途方も無く頼もしい。別に待っていれば事が済む気はしたが、患者の側が哀れになってコントロール室へ急いだ。 「機器制御室…此処か」 無人のフロント横へ飛び込む。 職員は逃げ果せたのか、セキュリティも無い機械室のラップトップは、強制的な再起動でセーフティーモードに陥っていた。 さて一回切れたのではログインから必要になった。妙な汗を滴らせていた矢先、ふと無造作に貼られた付箋が目に入る。 (…おお) 会社ではよくある事だが、正解が明記されていた。有り難い。 さっさとコントロールシステムを探る傍ら、萱島は先の寝屋川の発言を反芻していた。 ――待てば来る。 熟考してみた所で、その用件は分からず終いだ。 しかしこんな山奥の異変など、関係者以外察する術もない。 (この収容所自体で実験が行われていたのか?…否、それならこんな杜撰な管理は妙だ) 無力化する。どうしてその必要がある。 事が終わらなければ現れないというのか、一体それは…。 萱島にバックアップを託した後、上司2名は敵を冷静に見繕っていた。 統制が機能していない故、初動で的外れに突っ込んでからどうしても間が出来る。 本能的に後手が有利と察した。それで一撃を往なすや示し合わせもなく、対岸から揃って一足飛びに斬り込んだ。 (視覚、聴覚有り…防御反射なし) 敵の位置を立体的に補足し、且つ個別の生体情報を読み取る。 この際別人に近い隣の男については看過しようとした。 「外観から計るに大部屋が5室はある、未だ続くぞ」 隙間へ躱し、テーブルに飛び乗った相模がふと上を見た。 2階は存在したが、人が立てる高さではない。 恐らく倉庫代わりか。その総重量と、凡その柱の数を視界から概算する。 ところが暗算途中、端でまた一本と馬鹿力に圧し折られてしまった。 「…おい軍人」 寝屋川が怪訝そうな目を寄越す。 「このまま好き勝手やらせたら、5分と保たず崩壊するぞ」 耐荷重計算が追っついたのか、建物へ視線を巡らせる。既に幾つか壁に亀裂が入っていた。 寧ろ倒壊させて一掃するのも有りだが。 (監視カメラを潰すのは避けたい) 四隅に据え置かれた機械を睨め付ける。まるでその先、真の目的が居るかの形相で。 彼の表層から何か読み取ったらしい、相模は相手の目前へ迫る1人を斬り殺した。 いつもの様に血液が迸った。残骸は監視カメラまで届き、レンズを断末魔で濡らした。 「…そういや何時も止めを刺す度、煩わしい蝿が飛んできてたな」 矢張りこの男、知らない人間だ。 よもや解離性でも発症したか。首を傾ける寝屋川の手前、あろうことか指を汚す正体不明の血液を舐め取った。 「カメラは残してやるが…誰かさんが自責の念で死ぬ前に、映像は葬ってやってくれ」 「なあ、一つ聞いていいか」 「良いぜどうした」 頸動脈を切り裂く一瞬に見せた、心底光悦とした表情。 出逢った当初の本郷はこんなでなかった筈だ。此処に居る患者もそうだ。 零区という隔絶された島に迷い込み、誰もが可笑しくなってゆく。 外から来た寝屋川だからこそ感じる、この土地の、どうしようもないきな臭さに。

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