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episode.6-8
「お前は何時から存在する?何を持って生まれた?」
まるで哲学家がアイデンティティを問うかの質問だ。
相手は少し笑ってしまったのか、肩を揺らして地面を向いた。
果たしてそんなもの、答えられる人間の方が少ない。
「…期間を述べよう。俺が自分を認識したのは1年と少し前、後に知ったがアイツが手術をやらかして以後だな」
手術の件は聞いた。
当時未だRICは零区と無関係だったが、出張で訪れた本郷が銃弾を受け緊急入院した。
曰く、4ヶ月に渡り入院する重傷だった。
確かに死を見て性格が変わる例は聞いた覚えがあるが、此処まで明確に出現するだろうか。
「こんな僻地で飯事してる、哀れで醜い人間がどうしようもなく愛おしくてな。せめて最高に美しく、行苦から放してやろうと想ったのさ」
つい殺してしまう、とあの時は簡素に答えたが。
相模の殺害は半ば、自分の美学に基づいた救済に近かった。
「――ただしそれは“理性”の話」
そして区切りを挟む。迫る咆哮を背景に、寝屋川はじっと異端者を見ていた。
「根本はコイツらと何も変わらない、要は破壊衝動だ」
不意に冷め切った目が敵へ移った。脳を食われ、ただのクリーチャーと化した人間が壁を滅茶滅茶にしていた。
その話を鵜呑みにするならば、ただ単に奴らはこの男から理性を抜いた同族だと言うのか。
「…お前、薬をやった覚えは」
「“俺は”無いな。同居人のベッドの下まで知るかよ」
胡散臭く肩を竦める男に、それ以上の追及が削がれる。
そうこうしている間にも、また次の一波が押し寄せていた。
寝屋川は先鋒にグレネードを構えた。
サイトを覗き、到着を待つ。しかし様子が可笑しい。
先陣を切った1人が急に苦しみ始め、身体を無茶に捩っては掻きむしり始めた。
そのまま呻き、藻掻き、地面を行き場なく転がる。
「何だ、どうした」
「…暴れるほど毒は早く回る。孝心会の頭も、結局“暴走させたから”死んだのかもな」
数人が泡を吹いていた。尋常でない苦しみ方に、彼らの末期が近いことを悟る。
何とも寝覚めの悪い結末だ。自業自得と言えば終いだが、業火に焼かれた様な藻掻き方だった。
いっそ彼の言う様に終わらせてやるか。
だがトリガーを引く手前、俄に院内へクリアな音が舞い戻った。
BGMが再開したらしい。殆ど同時、クリーチャーの目元を覆う機械も点滅し始めた。
(電源が入ったのか)
萱島が制御室からの操作に成功したらしい。
囲んでいた人垣は、先までの暴走が嘘の様にゆるゆると膝から崩れ落ちていった。
傍から見る分にはいっそ幻想的だ。恰も糸が切れたように端から次々倒れ、その場へと蹲る。
中にはそのまま落ち生涯を終える者すら居た。
ヒーリングミュージックは賛美歌めいていても、今日が晴天なら、もう少し救いのある最期が広がっていたろうに。
「終わったか?」
収束する事態の中、相模の飄々とした声が降る。
「なら俺は帰るぞ。序でにアイツへ一言伝えてやってくれ」
解離性は記憶が共有出来ない。了承の代わり、寝屋川は黙って二の句を待った。
「…良いか、一連の騒動と俺は何かしら関係がある。アイツが手術を受けた病院、其処を調べれば…」
聞こえたのはそれっきりだ。落ち着いた声音の語尾が掠れ、俄にフェードアウトした。
不思議そうに見ていた目前、相手が突然ぐらりと傾く。
「…!おい」
反射的に手を伸ばして支えるも、力の抜けた身体は自立を止めていた。
さては交替したのか。複雑怪奇な存在に眉を寄せ、寝屋川は眠る身体を安全な壁へと凭せ掛けた。
「寝屋川隊長、ご無事ですか」
そこへ通路の奥から、妙に殊勝な台詞で萱島が飛んで来る。
端から思っていたが、何処に現れようがインチキ臭い雰囲気の男だ。
彼方此方見渡し、壁で眠っている相模に目を白黒し始める。
一体何だと思っているのか。やがて猛獣にする様に恐る恐る覗き込んだ。
「け…怪我?」
「いいや寝てる。言伝を頼まれたが、その件は後だ」
寝てると言ったら言ったで、更に面白い面になった。
まあ気持ちは分かるものの、先に頼みたい仕事があった。
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