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episode.7-2
伽藍堂の施設を大城へ放り投げ、2人は再び閑静な山麓を後にした。
道中本郷に話した。
寝屋川が助けに入ったこと、サーヴァントが監視カメラを把握しているであろうこと、そして帝命製薬に遺体を搬送したこと。
ハンドルを切る男は片隅を思考に割き、情報を整理している。
「…成る程な。ただし地主がサーヴァントから死体を買っていただけの可能性も有るし、今回の麻薬と直接関係あるかは未だ情報薄か」
「左様ですね。もし彼らの仕業なら、完全に掌で踊らされていた訳ですが」
「まあ、殆どその通りだろうよ」
よもやはっきり駄目を押した。車を走らせる男を、萱島は瞬きもせず隣から見据えた。
「俺の手術の執刀医は誰だと思う」
「は?誰って…」
自慢でないが低俗な生業だ。高尚な医者の知り合いなんぞ覚えがない。
最近でも白衣を見た記憶なんて、否。ひとつあった。
萱島の脳裏に、暴走するセダンから降り立つ男が浮かび上がる。
眼鏡の奥に湛えた、恐ろしく柔和な表情が。
「まさか…御坂所長ですか?」
「そう、御坂だよ。その一件で俺たちは繋がりが出来て、零区の土地を譲り受けることになったからな」
「…帝命製薬の所長がP2に勤務してたんですか?何故?」
「勤務していた、かは定かじゃない。ただ何らかの癒着があったのは確かだと思う」
段々と話がこんがらがってきた。糸の端々が彼方此方で繋がり始め、正確な俯瞰図を描こうとしても難しい。
然れど彼が治療してのち、本郷が“こうなった”のであれば。確かに帝命製薬が噛んでいるのは疑い様が無かった。
「受付でお前のカルテも見せて貰おう、他の関係者も割れるかもしれない」
「貴方方でも…彼に直接コンタクトは取れないんですね」
「ああ難しいな」
友人とは言えこの街の支配者だ。そもそも友人とは何だ、一体どうやってそう呼べるコネクションを築き上げたのか。
一見温和な男だが、背後に黒い物が多過ぎる。
物言いたげな視線を察したのか、本郷はつらつらと補足を繋げ出した。
「アイツ…御坂は何なんだろうな、出合い頭からやけに友好的で、特に遥の事は妙に可愛がってたんだ。土地も殆ど無償で寄越すし」
「社長を?」
あの暴君を可愛がるとは。
本郷なら怪我させた負い目をがあるとして、何故神崎の方を。
萱島は理解し難い面で黙ったが、同類は惹かれ合うのかもしれない。
「色々と便宜も図ってくれた。ただそれがどういう思惑だったのか…今になって尚更疑うがな」
自分の頭を掻き回した稀有な存在は一見、陽だまりの様に暖かだった。
けれど日向であれど、影は落ちる。
三次元であれば、必ず表と裏面が存在する。
「…着いたぞ」
弾かれて見上げた。曇天の陰鬱な視界には、圧巻のマンモス病院が構えていた。
場所が場所だ。元より法外な墓場だったが、今日のP2は輪を掛けて棘々しい空気を放っている。
「ところでカルテ開示ってタダなんですか?」
「否、外でも三千円はかかる。此処だと万単位」
「まっ…」
「本来後日郵送なんだが、なんせ零区だからな。金さえ積めば早くなる」
たかが手数料で数万とは。矢張りもっと早くに医者を目指すべきだった。
上司が手続きを済ませる傍ら、久方振りの巨大施設を見回す。其処でふと知った面が過ぎり、背後へ首を捻っていた。
(…あの制服は)
「萱島行くぞ」
本郷の呼び掛けに思考を中断された。
てっきり学校に行ったものと思っていたが。
まあ彼のプライベートなら知る由もない、萱島は上司と職員に続きゲストルームへ足を踏み入れた。
「ふむ…」
2人、各々の手術記録を覗き込んで唸る。幸い走り書きでもない、電子化された代物にも関わらず、何が書いてあるやらさっぱりだった。
「そもそも表向きの資料だし、辻褄は合わせてあるんだろうな」
「でしょうね…収穫と呼べるとしたら、俺の執刀医らしいこの“水原”なる男」
萱島がカルテの“術者”欄を叩いた。
「可能なら呼び出して尋問しましょう、何…お偉い先生なら、命の大切さを良くご存知でしょうからね」
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