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episode.7-6

「知ってるさ、昨年の出来事も、其処の男も。遡ればお前が入社した経緯すらな」 牧の瞳孔が拡大し、増々警戒が強まる。 目前のただの高校生が、俄に得体のしれない化物にすら思えた。 「信じられない面だな。なら言ってやろうか、お前が神崎社長に7億以上の借金をしてる件、それと…」 声帯と共に呼吸が詰まった。 「その、内訳」 規則的な機械音だけが部屋を埋めた。 寂しい病室の中央、拠り所もなく牧は棒立ちになっていた。 誰かが漏らしたのだとしたら、当の神崎しか。 否、だとして何処からこの青年へ流れ、今になって。 「…てめえ」 低く呻き、次には蒼白な面で刃物を握り締めていた。 次を予期した相手が脇へ躱し、ナイフは真横へ突き刺さる。 「何故此処へ来た、目的を言え」 一足飛びに掴み掛かる。 切羽詰まった力を受けながら、戸和は億劫そうに眉を寄せた。 「監視されてる。妙な真似は止めろ」 腕を逆手に引き剥がし、そのまま背後へ飛んで距離を取った。 馬鹿力め。 痣を作る痛みに、幾分牧の頭が冷める。 何処の鼠かは知らないが、入社前の、おまけに此方のパーソナルな引き出しの中まで把握している。 ただの臨時職員で無いのは明白だった。 そこで緊迫する空気を割り、ドアが開いた。 両者の視線が集約する。 話し声を聞きつけた千葉が、相対する同僚らを見やって訳が分からぬ顔をした。 「…戸和?何、来てたのか?お前」 「おい千葉、コイツは外部の人間だ。気を付けろ」 「外部…?どういう…」 「聞きたい事がある」 矢庭にパーカーを探り、戸和は隠していた本来の社員証を掲げた。 目を凝らせば、なんと地主の肩書が並んでいた。 帝命製薬研究所 所長附監査官 あっさり素性を明かした青年へ口籠る。 現状が分からぬ今、不要な情報を渡さぬよう咄嗟に防衛体制へと移った。 「今後の意向を教えて欲しい」 「意向?」 「もしこの先区内で騒動が起これば、お前達が誰に加担するつもりなのか」 言うやいなや、監査官は銃口を牧へ突き付けた。 此処はPark(銃器持ち込み禁止)だ。受付で検問がある故、個人の携帯は不可能に近い。 果たして帝命製薬と中央病院は結託しているのか、しかも。 (つまり“騒動”の予定があると) 考えられるとして、現在本郷らが主導で動いている薬物の件だが。 牧は隣の同僚と目配せした。 立ち位置を問うてくるとは、即ち次に味方につけという脅迫が来る。 この場で処分される事は無い。 「…何の話か知らないが、俺達は神崎社長の決定に従うまでだ」 「それが例え中立で無くとも?」 「ああ別に人を殺せと言われれば殺す」 会話しながら2人は微々たる異変を感じていた。 この青年、まるで先から雨漏りの如く、知らず知らず情報を落としている。 何か焦っているのか。 冷血な彼を、追い詰める程の事態が。 「その言葉を忘れるな。弱みなんて幾らでも掴んでる…なあ牧、例えば先に言った借金の件」 千葉がぎょっとして気を取られた。 コイツ、よもやその件を引き合いに。 「勝手に動きでもしてみろ、文書で公開してやる。勿論、渉…」 牧が地を蹴った。今度こそ殺す勢いで噛み付こうとしていた。 待て、落ち着け。 横から襟首を捕まえた千葉が、懸命に押し留める。 この青年、何がしたいんだ。 此処まで牧の深層を抉るなんて、それほど帝命製薬が窮地なのか、それとも。 「…精々利口に生きろ」 らしくない捨て台詞まで吐き、戸和は肩で押し開けた個室のドアを潜った。 背中に突き刺さる様な視線を感じた。 今にも喉元を貫きそうだ。 青年とて息苦しさに、さっさと視界から姿を消した。

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