71 / 111
episode.7-8
「仮に政府にも手を切られ…このまま研究所が解体に追い込まれたら、製作者の御坂所長はA級戦犯になるわ」
所長という立場だ。
国に有用性を示して置かなければ、最悪の刑罰も免れない。
「二度と檻から出られなくて良いの?確かに問題の先延ばしかもしれない…でも、御坂所長にとっては、研究を続けられる事が最優先でしょう」
此処まで来る途中、心なしか院内の空気は軋んでいた。
隠してきた罪が膨張し、耐え切れず、悲鳴を放っているかの様に。
彼女とて、此処までお節介に物申す人間でなかった。
普段は言葉も最低限で、もっと秘密主義の。
「お願いしっかり考えて、貴方は私より聡いんだから」
肩を叩き、出口へとすれ違う。
その僅かな隙間、彼女の瞳がそれまで押し込めていた不安に濡れ、震える手がそっと離れた。
その瞳を見た瞬間悟った。
この街は、もう間も無く死ぬのだ。
端から杜撰な骨組みだっただけに、小さな衝撃でいとも容易く、
次々と崩壊し、大勢を巻き込んで滅びて行くのだ。
(…RICに)
ノイズが充満する頭で、それでも必死に最善を模索していた。
御坂康祐を逃さなければ。
恩人である彼が、目的を果たせるまで。
神崎に連絡を取らねばならない。
未だ本部のあの2人に“事が露呈してない”現状、頭さえ動かせば付き従う。
然れど何度電話を掛けても、彼に繋がらない。
余裕など微塵もなく舌打ちをして、戸和は直接出向くべく踵を返した。
捜せ。
神崎に相対したとして、彼の中心を抉る口撃を。
揺さぶらなければ、現在までのやり取りで味方になるかどうか。
御坂の目的を知っているなら未だしも。
否、知っているのか?
捕まえたタクシーに乗り込み、後部座席で彼の言動を再考した。
薬物の調査は本郷に任せっきりで、最近は姿すら見ていない。
彼自身はと言えば、前年から例の襲撃事件を追いかけている。
(勘付いていたとしたら…?)
シミュレーションを重ねようとして、頭痛に回路を切られた。
景色で気を紛らわそうとしたが、この街はモノクロだった。いつだって。
「到着しました」
運転手の声に現実へ帰る。
もう領収書を貰うのですら馬鹿らしかった。扉を開くや足早に過ぎる。
恐らく見るのは最後であろう、この調査会社へ。
青年は主を求め、暗い地下道を切り進んだ。
人気の無い廊下を過ぎる。少し息を切らした戸和を出迎えたのは、腰の高さに纏わり付く少年だった。
「戸和ー、おかえり」
「…ただいま、神崎社長は?」
「分かんないよ…多分、さっき義世とかと話があるって出てったよ」
一歩遅かった。苦虫を噛む青年を他所に、やっと話し手を見付けた渉は喜々として跳ねる。
「あんねこの前ね、俺P2に遊びに行ったんだ」
「…え?」
「遥が急にいいよって連れてってくれて、でね、未だブランコ彼処にあったんだぜ」
途切れる事無い幼い声に、戸和だけが困惑を覚えて立ち止まっていた。
神崎が自ら手を引いたのか。あんな所、何の図らいがあって渉なんて。
「あと、八嶋のお見舞いもした」
その件で?
俯く少年をじっと覗き込む。
矢張り彼の姿は胸が痛いのか、露骨に声音が低く落ち込んだ。
「…八嶋、起きないんだね。事件の後も元気だったのに、なんか病院行く回数増えて…ちっともこっち来なくなったから」
病室でナイフを掲げた牧の姿が過ぎった。
もしかしたら、八嶋はもうRICには出勤しない…流石にそれは言い兼ねて口を閉じる。
戸和はじっと少年の背後、いつも通りに業務に勤しむ職員らを見据えた。
夥しい傷跡、既にそれも身体に馴染み、幾分自然な表情を見せる様になっていた。
あの2人が、渉を残して本部を開ける程には。
「渉、P2で誰かに会ったか」
「んー?」
「例えば神崎社長に、誰かを紹介されたとか…」
考え込む少年は、小さい頭を悩ませてから小首を傾げた。
「…ううん?遥とはぐれたとき、お医者さんには会ったけど」
小さな肩を掴んでいた手がそっと離れた。
戸和の真摯な目線の先、渉は自身の腕を掲げて見せる。
「俺の時計直してくれた、眼鏡かけてんの。しゃべってくんなかったけど、すっげえ優しそうなひと」
歯を覗かせて笑った。真っ白な少年の笑顔から遠ざかり、戸和は静かに屈めた身を起こしていた。
ともだちにシェアしよう!