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episode.7-8

「仮に政府にも手を切られ…このまま研究所が解体に追い込まれたら、製作者の御坂所長はA級戦犯になるわ」 所長という立場だ。 国に有用性を示して置かなければ、最悪の刑罰も免れない。 「二度と檻から出られなくて良いの?確かに問題の先延ばしかもしれない…でも、御坂所長にとっては、研究を続けられる事が最優先でしょう」 此処まで来る途中、心なしか院内の空気は軋んでいた。 隠してきた罪が膨張し、耐え切れず、悲鳴を放っているかの様に。 彼女とて、此処までお節介に物申す人間でなかった。 普段は言葉も最低限で、もっと秘密主義の。 「お願いしっかり考えて、貴方は私より聡いんだから」 肩を叩き、出口へとすれ違う。 その僅かな隙間、彼女の瞳がそれまで押し込めていた不安に濡れ、震える手がそっと離れた。 その瞳を見た瞬間悟った。 この街は、もう間も無く死ぬのだ。 端から杜撰な骨組みだっただけに、小さな衝撃でいとも容易く、 次々と崩壊し、大勢を巻き込んで滅びて行くのだ。 (…RICに) ノイズが充満する頭で、それでも必死に最善を模索していた。 御坂康祐を逃さなければ。 恩人である彼が、目的を果たせるまで。 神崎に連絡を取らねばならない。 未だ本部のあの2人に“事が露呈してない”現状、頭さえ動かせば付き従う。 然れど何度電話を掛けても、彼に繋がらない。 余裕など微塵もなく舌打ちをして、戸和は直接出向くべく踵を返した。 捜せ。 神崎に相対したとして、彼の中心を抉る口撃を。 揺さぶらなければ、現在までのやり取りで味方になるかどうか。 御坂の目的を知っているなら未だしも。 否、知っているのか? 捕まえたタクシーに乗り込み、後部座席で彼の言動を再考した。 薬物の調査は本郷に任せっきりで、最近は姿すら見ていない。 彼自身はと言えば、前年から例の襲撃事件を追いかけている。 (勘付いていたとしたら…?) シミュレーションを重ねようとして、頭痛に回路を切られた。 景色で気を紛らわそうとしたが、この街はモノクロだった。いつだって。 「到着しました」 運転手の声に現実へ帰る。 もう領収書を貰うのですら馬鹿らしかった。扉を開くや足早に過ぎる。 恐らく見るのは最後であろう、この調査会社へ。 青年は主を求め、暗い地下道を切り進んだ。 人気の無い廊下を過ぎる。少し息を切らした戸和を出迎えたのは、腰の高さに纏わり付く少年だった。 「戸和ー、おかえり」 「…ただいま、神崎社長は?」 「分かんないよ…多分、さっき義世とかと話があるって出てったよ」 一歩遅かった。苦虫を噛む青年を他所に、やっと話し手を見付けた渉は喜々として跳ねる。 「あんねこの前ね、俺P2に遊びに行ったんだ」 「…え?」 「遥が急にいいよって連れてってくれて、でね、未だブランコ彼処にあったんだぜ」 途切れる事無い幼い声に、戸和だけが困惑を覚えて立ち止まっていた。 神崎が自ら手を引いたのか。あんな所、何の図らいがあって渉なんて。 「あと、八嶋のお見舞いもした」 その件で? 俯く少年をじっと覗き込む。 矢張り彼の姿は胸が痛いのか、露骨に声音が低く落ち込んだ。 「…八嶋、起きないんだね。事件の後も元気だったのに、なんか病院行く回数増えて…ちっともこっち来なくなったから」 病室でナイフを掲げた牧の姿が過ぎった。 もしかしたら、八嶋はもうRICには出勤しない…流石にそれは言い兼ねて口を閉じる。 戸和はじっと少年の背後、いつも通りに業務に勤しむ職員らを見据えた。 夥しい傷跡、既にそれも身体に馴染み、幾分自然な表情を見せる様になっていた。 あの2人が、渉を残して本部を開ける程には。 「渉、P2で誰かに会ったか」 「んー?」 「例えば神崎社長に、誰かを紹介されたとか…」 考え込む少年は、小さい頭を悩ませてから小首を傾げた。 「…ううん?遥とはぐれたとき、お医者さんには会ったけど」 小さな肩を掴んでいた手がそっと離れた。 戸和の真摯な目線の先、渉は自身の腕を掲げて見せる。 「俺の時計直してくれた、眼鏡かけてんの。しゃべってくんなかったけど、すっげえ優しそうなひと」 歯を覗かせて笑った。真っ白な少年の笑顔から遠ざかり、戸和は静かに屈めた身を起こしていた。

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