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episode.8-6
さて。それから約3年が流れた現在。
零区の成り立ちが暴かれた結果、遂に終楽章の幕が上がろうとしていた。
舞台は孝心会本家、枠場の件を委託された記憶も真新しく、神崎らは掛け軸の対岸に座していた。
「――報告、確かに頂戴しました」
此方を向かない。
依頼主の背後で、本郷は隣の親友を盗み見た。神崎は何を報告しようが、見事に平然としていた。
流石、と感嘆したのも束の間。恐らくこの男は知っていたのだ。
御坂と懇意にしていた故、直接聞いたかは定かでないが。さすれば∞の存在、その目指す所すらも。
「それが間違いないなら、偉い事です。もう覚悟を決めんといけませんな」
「…何も、武力で解決を図らずとも」
つい本郷は口に出していた。
国が後ろ盾の存在など、手を出せば火傷どころでは済まないだろうに。
ずっと掛け軸を睨んでいた。総本部長が、漸く岩の様な面を両者へ向けた。
「本郷先生、アンタ親が殺(と)られたらどうです」
同じ事が言えるのか。そんな真っ当な思考で、経済的に処理できるのか。
籠もった濁声に、本郷は二の句を止めた。
「暴力団の傘は親子・兄弟がモデル、アンタら商人とは根幹から違う。ただの指揮系統に留まらん、血の繋がりが存在する」
そうか。そうであるなら。
2人は席を立っていた。そもそも調査会社が納品に来ただけで、以降のクライアントの動静など立ち入るべきで無かった。
「神崎社長、RICはどうなさるのか」
加担を強いてはいなかった。淡々とした進路への問いに、神崎も間を置かず述べた。
「我々は中立を護ります」
「…でしたら、呉れ呉れも手は出さんで下さいや」
その言葉を機に会合はお開きとなった。
もっと長丁場で、討論を重ねる羽目になるかと踏んでいたが。あっさり解放された午後、2人は曇天の下帰路へ向かう。
「天気が悪いな」
巨大な敷地を抜け、メルセデスのドアを開く神崎が呟いた。確かに今にも降り出しそうだ。冬に下る折、乾いた風が合間を埋めた。
「何故今まで黙ってた」
「何を」
白を切るつもりらしい。
親友が殺人鬼になった経緯まで知っていたのだとしたら、想像以上に良い性格をしている。
「お前…御坂を庇ってるな」
思う所を突いてやった。
本郷の指摘に、相手はまた黙って運転席へ乗り込んだ。
「世話を焼いてもらった所為か?お前がその程度で恩義を感じるなんざ…」
「なあ義世」
ギアを回す。発進させるかと思いきや携帯を弄り始めた男は、何処ぞに電話を掛けていた。
「大戦中のスイスは、中立義務を果たすために多数の航空機を撃ち落としたな」
口端を露骨に吊り上げる神崎に、嫌な予感が募る。
先行きをを知ってか知らずか、掛けた先は直ぐに応答した。
「よう寝屋川、お前の友軍とやらは幾つ戦闘機を持ち出せる?」
言う通り、かの永世中立国は境界線を超えるや否や迎撃したが。それは領空権を護る為であって、今回の件とは訳が違う。
「おーい、誰が観客に回るなんて言った。最終的に好きに転んで漁れるよう、仲裁として突っ込むぞ」
好戦的な奴じゃない。
今回の騒動に介入して、大した報酬が落ちるとも思えない。
隣の男は何を考えている。本当に、ともすればもっと単純明快な理由か。
「…何?それどころじゃない?」
ただ此処へ来て、更に天候が怪しくなった。
寝屋川は今現在、入院中の職員の安全を確保すべくP2へ向かっている筈だ。
「ビング?」
そして懐かしい名を聞き返す。
神崎が口を閉ざした車内、回線から寝屋川の単調なテンポが流れ出した。
「――目が覚めたんだ」
白い壁に凭れ、休憩所から寝屋川は掻い摘んだ状況を報告した。
P2は未だ混乱も薄く、面会と告げればいつもの対応で通された。
ビング、とは事件直後から、長らく意識不明で入院していた派遣調査員だ。
最悪床ごと運び出そうとしていたが、このタイミングで両目を開けてくれた。
「外出許可は取ったから、このまま連れ出して転院させる。他の職員はどうする」
未だ確か、嘗ての主任が在籍していると聞いたが。
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