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episode.8-8

『ドラッグでもやってる風でした。理由を聞こうが受け答えも異常で…』 『ああ、他の調査員からも様子を聞いたが。どうやら奴ら、帝命製薬の新型ウイルスに感染していた可能性がある』 『…帝命製薬ですか?』 追いつかない青年に向け、寝屋川が今日に至るまでの経緯を噛み砕いた。其処へビングの相槌が重なる。 淡々とした映像を前に、牧だけが険しい表情で立ち尽くしていた。 (Mebius Virus…) 牧とて、調査員に何度も犯人の様相を問い質した。 そうして今日になって∞のレポートを受け取り、身体の髄を冷たいものが滑り落ちた。 あの襲撃は帝命製薬が仕向けたのか。単に襲撃犯がドラッグに手を出したのか。 幾多の憶測が湧き出したが。 何方にしても、“渉”と何一つ結び付かない。 『渉の身柄が目的だったとして、動機は何だ?脅しのネタにしちゃリスクがデカ過ぎる。アイツに相応以上の価値があるとすると…』 何か重大な情報でも握っているのか。あの少年自体が特異な存在なのか。 寝屋川の考察に重ね、牧は思考をあらゆる可能性へ巡らせる。 確かに聡明な子供ではある。但し、それだけだ。 鼻白むほど屈託なく笑んで、両親は無くとも愛されて真っ直ぐな可愛らしい子。 (…両親は無くとも) 不意に其処で足を取られた。 渉の母親はイラクで亡くなっているが、父親の方は未だ分からずじまいだ。 もしかすると肉親が依頼を掛け、少年を取り返しに来たのではないか。 突飛に過ぎるかとも思ったが、もう一つ。 少年の母親…詰まる所のNGO女医、シャーロット・エイリーを殺害したのは此処に居た調査員である。 勿論政治の絡んだ勅命であり、抗う術は無かったものの。 直接手を下したのは、元AFSOCの彼らなのだ。 (息子の奪還と、妻の仇討) そうだとしたら、そうだとしたら特定できる。 加速した血流が体内を駆け巡り、共に暴走する考えのままPCに飛び付いた。 (戸籍に記載が無いなら事実婚か…恋人関係か) 渉が生まれたのは9年前であるからして、交際は10年以上前へ遡る事になる。 (当時の交友関係が洗えれば) 目で追えない指先がキーを叩き、キャッシュから削除済みのサイトを追いかける。 とある検索結果のタイトルに手が止まった。 刹那、青年の目が抜身の刃物の如く閃いた。 (――勝った) シャーロット・エイリーはブログを運営していた。通信環境の悪さから毎日では無かったが。 牧の瞳が上から下へ、500を超えるタイトルを選別する。 内容は主にファルージャの現状レポートだった。 ところが毛色の異なる、ある日付の題目へ吸い寄せられた。 エンターキーを押す。 それは唯一彼女がプライベートを明かした、一人の人間としての側面だった。 2000年12月1日 17:59 「Someone to live on」 最近アメリカ国内では、反イラクの主張が高まっているらしいわ。 政府が非協力的で、このままじゃ経済制裁が加えられるんじゃないかって、こっちもピリピリしてる。 もし戦争なんてことになれば、私達も死を覚悟して戦わざるを得ない。 勿論怖いけれど、不思議と前向きに生きてる。 いつだって私の側にいる可愛い子が、力を与えてくれるからね。 あまり紹介しなかったけど、私には天使みたいな息子がいるの。 こんな構ってやれない親の下でも、逞しくて、優しい子。 日に日に大きくなるのよ。 もう2歳だから、言葉もどんどん覚えていく。 この国が危険になる前に祖国に返してやりたいけれど、誰も頼るところがなくて悩んでいるわ。 ここでの友達も沢山出来て、買い物も出来るようになって、彼にはここが紛うことなき“おうち”だから。 さて、もう一人私には大事な人が居る。 この子の父親。未だ籍は入れてないけれど、一段落したら直ぐにでも結婚したいと思ってる。 彼も医者だけど、私と段違いの名医なの。 優しくて、強くて、賢くて…惚気になってしまってごめんなさい。 忙しくて中々会えないけれど、私よりも大きな…いつだって彼にしか出来ない仕事を任されているから、仕方ないわね。 愛しているわ。 ずっと、この先も。何があっても永遠に。 私の、終生の夫。 康祐。 記事の最後に現れた画像には、ベンチに寄り添う仲睦まじい男女の姿が収まっていた。 1人はブログ主、シャーロット・エイリー。 そして隣に掛けた白衣の男を認め、牧は消え入りそうな声でその名を口にした。 「…御坂…康祐」 帝命製薬の主、ウイルスの制作者。 すべての元凶と呼んで過言でない男が、渉の父親として其処に腰掛けていた。

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