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episode.9-2

「お前は全員死んだって言うのか、1人も助からず」 「…そうだよ」 「何でそんな事になる?可笑しいだろ」 牧、人が死ぬのに正当な理由なんか無い。 増してこんな世界、お前だって八嶋だって俺だって。別れも言えず突然消えること、不思議じゃないだろう。 「俺はもう…何も言えないのか?アイツらに、この先一生…そんな訳ない、誰にそんな権利がある。早く戻してくれ、1ヶ月前まで」 「時間は戻せないし、死んだ人間は生き返らない」 「嘘だ、お前は嘘を吐いてる」 牧が振り返った。 錯乱しきった目が、焦点すら合わず訳の分からない方角を見ていた。 「俺が全部憶えてるんだ…未だこんなに思い出せる、何一つ死んじゃいない」 「そうだな。お前はそれを…大事に覚えておくべきだよ」 「だから戻せる」 我が耳を疑った。 彼を食っていた焦燥が移り、今度は千葉の汗がやまなくなっていた。 「――…は?」 「全部残らず戻そう。何もかも俺が覚えてる、データがあれば出来る」 何を言ってるんだ。 お前の得意なゲームを作る訳じゃない。生きた人間はバックアップから復元なんて不可能なんだ。 俺がこんな事指摘せずとも、分かる筈だ。 「そうと決まれば…渉が戻る前に早くしないと」 「おい牧、お前は冷静じゃない。落ち着けよ、少し外に出て何か…」 「良かった」 覚束ない足取りが、責任者の席へ辿り着く。 煤に覆われたデスクに手を添え、鉛の様な目が不可思議な喜色をつくっていた。 「未だお前に会える、八嶋」 メインルームが底のない沼の様に思えた。 身動きできない千葉は、生き地獄から目を覆っていた。 牧、八嶋はそんなところに居ないんだ。 この世界にはもう、お前と俺しか居ないんだ。 どう足掻いたって、針は前へしか進まないんだから。 そして渉が戻るまで、本部における地獄のネバーランド創造が始まった。 渉には精神疾患の治療が必要だから、半年は此処へ帰らない約束になっていた。 親友は社長に頭を下げ、マーケットから人間を買い込み、顔から声から捕まえた医者に張替えさせた。 それから傀儡が入院する期間、牧は毎日狂った様にラップトップへ齧り付いていた。 「お前が覚えてる事も残らず教えろ」 言われるまま答えた。何処でも止められなかった。 多分、事後処理に追われる神崎もそうだったのだろう。 寝屋川も本郷も不在の本部、千葉は彼の狂気から時に抗おうとし、けれどどうしようもなく。 牧がどれだけ眠らなかろうが、錠剤をいくつ飲もうが、掛ける言葉も無かった。 だって、お前が唯一生きられる道であるなら。 お前を護って死んでいった奴らの手前、助けると誓ったあの日の手前、どうしようも。 (何でこんな事になったんだ) 牧は、自分で自分の心臓を刺し続け、いっそ死んだ方がマシな痛みで生き永らえていた。 死んでいった仲間の名前、彼らの話し方、夢、自分への呼称、好きだった物、良く向かった場所を只管に毎日、文書へ書き起こす。 (俺はいつ間違えた) 出逢った経緯、それから現在に至るまでのありとあらゆる出来事、 自分をどう思っていたか、どんな思考回路で、仕事のやり方はどんな傾向で。 (全員で逃げればよかった) 思い出す度に身を削られ、血を吐くような激痛に襲われながら。 のたうち回り、まるで自ら火中へ飛び込み、再生を繰り返して死ねない不死鳥みたいに。 病理を抱えながらも、牧の計画は淀み無かった。 それがある一点で止まった。 最後に書き上げようとしていた、八嶋徹のプロフィール。 凡そ正反対の気質で、根本的に理解できない面も大きかったかもしれない。 書けないながら、牧はそっくりに整形した人間が退院するや、教育の段階までやり通したが。 今でも忘れられない。 言葉を喋らせた瞬間、初めて自分の稚拙な計画に気付いた。 一切を注ぎ込んだ所で最も大切だった 八嶋徹だけは作り出せないと理解して、牧の面が子供みたいに歪んだ。

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