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episode.9-4

初戦は切り抜けたが、どうやら帝命製薬は来たる紛争を予期し、既に非常警戒を敷いていた。 いつの間にやら蟻の様に四方から群がり、着々と2人のルートを詰めている。 背負うSMGへ手を伸ばし、千葉は奥歯を噛んだ。 そう言えば直ぐにでも怒り狂ったヤクザの群れが来る。 数に物を言わせ、全国から此処の数倍はあろう人員を引き連れて。 (渡してやるか糞野郎) この下らない施設に引導を渡すのは此方だ。 踏み出そうとした目前、頭上から新たな弾が抉った。 「彼処だ!射殺許可は出てる、撃て!」 飛び退いた端から、次々と影へ穴が開く。 致し方なく5メートルは後転した所、鉄柱で身を庇った青年がセレクターをフルオートへ回し、かっと目を見開いた。 (――11、2、13時方向3) 軽快な連射音を伴い火を噴く。 振動の大きいボルト・キャリアーで、恐ろしく正確に千葉は敵の脚元を撃ち抜いた。 14まで戦場に居た。 ロクでもない経歴が漸く役に立つ。 マガジンを放り投げ、怯んだ隙を見逃さず次の通路へ走る。 一端牧と合流すべきだ。彼を気配で捜していた矢先、視界の端へ何かが飛び込んだ。 「調子に乗るな…!」 1人生きていた。 ブランクに反応が遅れ、千葉はナイフを掴み焦燥を募らせた。 近い、もう殺すしか。 此処に来て甘さを持て余し、利き腕が固まる。 追い詰められる視界。 突如銃を振りかざす人影は蹌踉めき、地面へと崩れ、ただの肉塊と化していた。 (…ああ) 弾が飛んできた、その直線上を仰ぐ。 屋根から降り立つ牧が、氷の様な面で自分を見ていた。 「行こう」 手を差し伸べる。その姿に思い出していた。 初めてRICで出逢った頃、ぶつかった自分へ飛んだ恐ろしく素直な謝罪と。 もう今に無い、底抜けに柔らかい笑み。 この街が殺した、メインルームの12人目の犠牲者を。 「ありがとう」 千葉は冷えた手を掴んだ。 此処は情けなんて徒為、無法の国だった。 そうだお前達が一切合切奪って教えた通り、郷に従わねば何も完遂出来ないのだから。 『――非常警戒A1、非常警戒A1…職員は退避マニュアルに従い、直ちに本棟より…』 「A1だと?第8エリアを確認したが、此方の警備しか居なかったぞ」 「君たち通常通りで構わない、落ち着いて仕事を続けるように」 不協和音を散らす放送に何事かと席を立つも、全員が平穏な現状に困惑していた。 責任者はそんな彼らの肩を押しやり、退避命令を無視するよう促す。 鳴り止まない警報が尚も不安を煽るが。 一同は現場監督に従い、渋々ながら席へと帰っていた。 「まったく過敏になり過ぎだ…朝にでも所長の証人喚問があるし、いよいよ国に∞の有用性が伝われば良いが」 「ああ所長が完成させてるって話だろ?本当かよ、幾ら天才でもその域に達しちまったら…」 丑三つ時でも眠らぬ本館、次第にざわざわと付随する雑談が湧き起こる。 もう混乱に乗じて、不要な事まで下に漏れ出していた。 再び腰を上げた室長が口を開く。 しかし彼が注意を掛ける寸前、背後の窓硝子が粉々に砕け何かが一室へ飛び込んでいた。 「――…うっ!」 硝子を貫き、更に威力の死なないライフル弾が皮膚を裂く。 顔を歪め、崩れ落ちた。 コマ送りの映像を目に、室内の職員らは対処も忘れていた。 何があった。 初めの警報を聞いて僅か数分。 侵入口の第8エリアから本棟まで、距離だけで優に1キロはある。 報告からは精々数名の偵察だと聞いていたのに。 それが現在、よもや深部まで到達し此処に居るというのか。 「がっ…ぁ、」 気付けばデスクの上に青年が乗り上げていた。 彼が責任者の襟を掴み上げ、鈍い銃口を突きつけている。 「所長は何処に居る?」 静かな声だった。 誰も反応出来ず黙るや、侵入者は人質へ直に問いかけた。 「御坂康祐の居場所を言え」 「…わ、私は知ら…ない」 「所長室は何処だ」 「上です!11階です…!」 若い男が咄嗟に声を荒げていた。 全員の目が突き刺さるも、正直この場で賢明な判断だった。

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