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episode.9-5
どさりと解放された男の身体が落下する。
手当に駆け寄る者もなく、固唾を呑んで侵入者の挙動を追い掛けた。
「千葉11階だ。エレベーターは作動してない、非常階段から行くぞ」
無線でもう1人に報告していた、背景へ吹きさらしの窓から風が舞い込む。
そして髪を攫われた侵入者の相貌を見て、誰もが名状し難い面をした。
子供だ。恐らく、成人もしていない。
暴力団の関係者では無いのか。
殺し屋の如き無機質な目に、大人らは凍り付いていた。
彼はもう此処に用は無いのだろう。固まる場を差し置き、瞬く間に廊下へと姿を消す。
「…う、上に連絡を早く」
蹲る室長が呆然と零す。
慌てて周囲は動き出すも、その時は未だ高をくくっていた。
彼処には最強の警備が居る。
先ず、数人掛かりなら問題無いだろうと。
不気味に静かな本棟内部、牧が非常階段を駆け上るや千葉が追いついた。
侵入を果たした2人は、現在殆ど抵抗もなく所長室へと距離を詰めている。
「手薄過ぎやしないか?」
「監視システムがある手前、アイツらの襲撃時間は筒抜けだ。それ故に今が不意打ちだったんだろうな」
こんな状況でも牧は冷静だった。
一段一段、着実に結末へ接近しているにも関わらず。
相対して射殺する瞬間、その表層は変わるのだろうか。
内部は。否、そもそもこの親友に。
(殺せるのか)
千葉は隣を伺い見る。
果たして復讐とは、まったく生産性もないエゴイズムに終わる。
但し負の炎だけは潰えることなく、次の誰かへ憎しみを移すのだから。
考え込んでいたら所長室は目前になっていた。
10階の踊り場を越え、2人は足音を消して廊下へと踏み出した。
「…もし居なければどうする」
「いや」
遮ると同時、牧の歩みが止まる。
理解してそれに倣った。フロアには覚えのある匂いが満ちていた。
「此処で合ってる」
煙草の副流煙。嗅ぎ慣れたフレーバーは、見ずとも答えが分かった。
廊下の先には奴が待ち構えていた。
今日になっても可愛げなく、一切を見透かすような目をした高校生が。もう敵として凶器を手に、2人の行く道を塞ぎ其処に立っていた。
「忠告はしたぞ」
彼の立ち位置を不思議な心境で見ていた。
この崩れ行く城に執着し、未だ狗として御坂に仕えている。
幾らでも先を読めそうな、賢い人間が。
「向こうに居るんだな」
「だったらどうする」
戸和の姿は、暗がりで良く見えない。
覚えのある煙草だけが此方へ流れ、彼を彼たらしめていた。
「…殺してでも通る」
互いに妥協は捨てていた。各々の目的が相反すると、肌で理解していたから。
もし違う場所で遭えていたらな。
いつか駐車場で耳にした台詞が、千葉の胸中を舞う。
その通りだ。誰もお前の事なんて嫌いになれない。
(残念だ、戸和)
次の雲が、再び光を遮る。
その暗闇を契機に、何方ともなく走り出していた。
牧の方は、もう本当に殺る気だったのかもしれない。
ブレーキをかけるや否やH&Kの矛先を構え、サイトは確かに彼の額を射抜いていた。
ところがその初動より速く閃光が劈いた。
2人共が目を見開く。
一瞬の判断で後方に飛んだが、先まで立っていた場所は蜂の巣になっていた。
(――SMGか)
舌打ちをして柱に後退を余儀なくされる。
コンクリートを背に軽く往なそうとしたが、その目論見を打ち壊し、柱は木屑の様に呆気無く砕かれていった。
「牧、止まるな…!“キャリバー50” だ!」
集中豪雨の様な弾速。柱を粉砕する威力。加えてこの轟音。
“キャリバー”との叫びに耳を疑ったが。
射線上から走り去る刹那に見えたのは指摘通り、紛うことなき戦場の怪物だった。
「…野郎、どんな腕力だ」
どうにか壁一枚を隔て眉を顰める。
片手で撃てるよう改良したのだろうが。
あの忠犬、30キロ超の重機関銃をまるで小銃の如く振り回しているではないか。
秒速約10発の50口径弾を撃ち込まれては、さすがに凶悪と言わざるを得ない。
『――…よし牧。倒すのは無理だが、数秒俺が引き付ける』
何時の間にか離れていた千葉から、ノイズと共に無線が舞い込んだ。
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