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episode.9-7

殺さなくてはいけない? 極限の状況に、積み上げた思考が瓦解していた。 正当化したとして、果たして今度は自分達を裏側に歪な輪が回り続ける。 この戦いの結末に、一体誰が安堵するのか。 「千葉…!」 不意に青年と視線が合った。もし違う場所で遭えていたらと、あの日の去り際が圧し掛かる。 見えない物に四肢を縛られた。 混沌の最中、突如全員の視界が真っ赤に照らし出されていた。 『――緊急避難令!緊急避難令!職員は直ちにマニュアルに従い、非常口より退避して下さい』 不協和音が耳を劈く。 目を見開いて凍る牧を、一瞬の隙を突いた相手が殴り飛ばした。 『ゲートより敵が侵入しました、現在第2エリアまで拡大中――…これは訓練ではありません、担当者は迅速に職員を誘導して下さい』 蹲る頭上、次々端から灯るサイレンが覆い尽くす。 次第に地から湧き上がる様な叫びが轟く。 窓へ駆け寄る戸和の目に、闇夜の向こうから数えきれない光源が瞬き始めた。 (アイツら) 自動車のヘッドライトが静寂を突き破り、まるでノルマンディーへ上陸を試みる艦隊の如く。 ぞっとする距離の尾を引いて、何処までも延々と列を連ねて。 この研究所を、中枢を殺しに来た。 復讐心を燃やす暴力団がゲートを破壊し、我先にと敷地内部へ押し寄せていた。 「…もう来たのか」 掠れた呟きが落ちる。 街の動きは把握していた筈が、よもや情弱と蔑んでいた彼らに出し抜かれ、誤報を流されていたなんて。 「――怯むなァ!速力は落とさず本館まで突っ込め!!」 車輌は遥か彼方まで絶え間なく、数に物を言わせた大群は警備網を引き裂いた。 その数単車だけで2千超。孝心会の傘下に留まらず同盟まで引き連れ、師団レベルの人海戦術で蹂躙していた。 「総本部長ゲート前は制圧しました!」 「よしこのまま本館周辺はすべてこっちの車で埋めろ!邪魔な警備は轢き殺してテッペン炙り出すぞ!」 無線へ怒号が飛び交い、いっそ研究所のサイレンまで掻き消される。 既に光景は一変していた。慄く警備が絶望の様相を呈す程に。 衝突も恐れず突っ込む車体へ、蜘蛛の子を散らす様に配置が乱れる。 地上の防衛機能は崩壊しかけていた。 このままでは。 惨状を目に、第2エリアの統括は立ち尽くした。 『――大谷隊長ご指示を!』 最早無線の音も遠かった。見る見る纏まりを欠き、頭の中が空白になる。 いっそ投降した方が。否、奴らは止まらない。 聳える本棟の最上階を落とすまで。 件の首謀者の、頭を撃ち落とすまで。 『次の命令を…――』 干乾びた喉から捻り出そうとした。 その時天の彼方から、一閃の光と共に何かが雲を突き抜けた。 『…?隊長、あれは…』 瞬く間に塊は此方へ近づく。独特の轟音と共に、凡そ2羽の鳥が低空飛行に入る。 「まさか戦闘機か…?」 国が自衛隊を寄越したのか。しかしあの機体、双発のエンジンを乗せた特徴的なシルエット。 国内のものでない、確か。 『ゲート上空から戦闘機2機、ヘリ1機が接近中。所属不明ですが、あの形状は…』 視認した誰もを光速で飛び越え、戦闘機は時速数百キロで領空へ侵入した。 圧巻の存在感に、誰もが脚を止め魅入っている。 F/A-18(ホーネット)。理解した警備らは、全速力でその場から逃げ出した。 2機が更に高度を落とし、建物間近を掠めて地面へ照準を定めていた。 「――退避!」 誰かが叫ぶや否や、機体のバルカン砲が地上を抉った。 土煙を巻き起こし、雨あられとM50弾薬が降り注ぐ。 警備だろうがヤクザだろうが。 容赦なく力で打ちのめし、一帯はガソリンの引火で燃え上がった。 「車寄越すなァ!全部一端後退させろ!!」 黒スーツが金切り声を張り上げる。 此処に来て正体不明の第三勢力に押され、全員がゲート前から立ち退かされた。 ホーネットは曲芸の様に翻り、旋回してまた元のルートへ帰る。 一体何が目的だ。 呆然と見守るだけの地上、車内から孝心会の幹部が慌てて双眼鏡を覗き込んだ。

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