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episode.9-11

『――…大臣、思考が可能ならば我々に敵意を抱くのではないでしょうか』 『そうだろうが構わない、此方へ向かうルートで侵入者と相打てば十分』 彼ら第2小隊のリストは既に除籍され、感染者として処理されていた。 10年はこの国に仕えた者も居た。 終わりは何時だって一瞬だ。 それまでの積み重ねに比例する事も無く。 『今日まで良く頑張ってくれました。御坂が開発した初期型抗体で延命は可能でしょうが、相当数は用意していませんので』 一室でVA2が射出され、本館は異様な空気に包まれていた。 其処へ序破急も知らない。ただ最上階へ向かう青年を追う、2つの影が音も無く吸い込まれてゆく。 「…ああ、国に似合いの陰気さだ」 どうにか本館へ侵入を遂げた、萱島は階段を駆け、気色の悪い研究所へ苦言を呈した。 随分時間を要してしまったが、未だコトは間に合うだろうか。 「目的は11階だが、中間に幾つか警備員の待機所がある。なるべくやり合いは避けて先へ行くぞ」 「貴方と居るんじゃそうなる…否、ちょっと待った」 4階を跨いだ辺りで、不可思議な異音を捉えた。 何にも例え難い。 だが何処かで耳にした、恐らく生き物の声だ。 腹の底の不安を掻き立てる様な、それでいて脳の中枢を直撃する様な。 「本郷先生、まさかとは思いますが」 「どうした」 「アルカナの再来ですかね」 実験はP2地下で展開されていた筈だ。 然れどこの終わりの如き咆哮、まるで感染者のそれだった。 警戒を敷いた矢先、案の定斜め前のドアが吹き飛ぶ。 咄嗟に突撃を予期して構えた。 ところが想定を裏切った。 地面へ跳ねた弾丸に、意表を突かれ飛び退いていた。 「…!糞が」 双方が遮蔽物へ飛び込む。 背中の防火扉へ衝撃を感じながら、萱島は眉間へ深々と皺を刻んだ。 (何故銃を使える、警備員と共闘してやがるのか) 収容所の検体は只管暴力に引き摺られた怪物だった。 道具を使う知能すら無かった筈だ。 ただし、例えばの話、もう少し∞の改変が進んでいたとしたら。 (人の言葉を叫んでる?) 自己免疫と伯仲し、脳まで完全に掌握される事無く併存しているとしたら。 呆然と防火扉から盗み見た。 扉の向こうから躙り寄る敵は制服を着込み、銃を手にしていた。 何処から見ても警備員の形で、血潮の如く真っ赤な目で出口へ。 「馬鹿かアイツら…!自分の部下に打ちやがった!」 脳の構造へ吐き気を催す。 萱島の焦燥を汲み、隣の男も敵を正視した。 血混じりの涎を流し、時折訳の分からない呻きを発しながらも。 眼の焦点が合っている。 全員が此方を見ている。本郷はぞっとして、銃の矛先を下ろしていた。 「…∞に感染してるって事か?確かに様子は可笑しいが、銃を使う理性はある筈だろ」 「ああそう…毒性だか繁殖力だかを弱めて、体内の抗体と均衡状態にしたんでしょうよ。全くロクでも無い…常に体内は激戦の地獄だが、比較的長時間∞を飼える」 心象は悪いがむざむざ通す訳にも行かない。 彼らは恐らく研究塔の作戦本部を目指し、其処には神崎らが向かっている。 「後味は溝のそれですが、アレはもう唯の感染者だ。殺しましょう」 潔く萱島が凶器を向ける。 然れどその手元を遮り、今日も良識がストッパーを掛けた。 「いや違う、アルカナの人間は麻薬に手を出した自業自得だ。でも彼らは望む訳がない、誰が死ぬと分かってそんな物…」 眉を顰めて言い返そうとした。ところが会話を引き裂き、目前の男が雄叫びを上げた。 そして銃も放り投げ、刃物一つ、殆ど捨て身で此方へ突進する。 「…っ!」 「そ、其処を――…退けええええ!!」 やめろ、人の台詞なんざ吐くな。 案の定立ち竦む本郷を庇い、萱島は咄嗟に愛銃でそれを受け止めた。 奥歯を噛み締めるも、有り得ない力に骨が軋む。 「お…俺は殺す、殺してやる、殺す、殺す!!」 「本郷先生!殺意があるなら正当防衛でしょう!」 親切丁寧に噛み付いてやるも、彼は結局敵の腹を殴打するに留まった。 血を吐き、その場に1人目が崩れ落ちる。 また防火扉へ一斉に射撃が始まり、上体も低く萱島は声を張った。

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